ワールド・ノマド・ゲームズ (World Nomad Games、国際遊牧民競技大会) は、中央アジアの伝統に根ざした遊牧文化を称える祭典です。遊牧民によって実践されてきた伝統的スポーツや慣習に焦点を当てた2年に1度のこのイベントでは、参加者は体力だけでなく、知力をも試されることになります。
ここでいう「遊牧」とは、恒久的な定住地に住むのではなく、通常は家畜のための新鮮な牧草地を求めて、季節ごとに家畜の群れとともに場所を移動する伝統的な生活様式を指します。
キルギスのベルトレスリングやハンガリーの乗馬アーチェリーから、マンカラやオワレといった頭脳ゲームに至るまで、ワールド・ノマド・ゲームズはスポーツ競技会であると同時に、生きた文化遺産を称える祭典でもあります。
2014年にキルギスで初めて開催された第1回ワールド・ノマド・ゲームズには、19カ国から600人足らずの参加者が集まり、10種目で競技が行われました。今回で6回目となるワールド・ノマド・ゲームズには、約100カ国から数千人の競技者が参加しており、国連総会からは、異文化間の対話、社会的結束、平和、そして開発を促進するための貴重なプラットフォームとして認められています。2021年、ユネスコは無形文化遺産の保護に関する条約 (2003年採択) に基づき、ワールド・ノマド・ゲームズを無形文化遺産リストに登録し、伝統的スポーツの保護と持続可能な開発を推進するための効果的なモデルとして認めました。
トルコ (2022年) とカザフスタン (2024年) での開催に続き、2026年のワールド・ノマド・ゲームズは8月31日から9月6日まで、その発祥の地であるキルギスで再び開催されます。今年の大会は1週間にわたり、世界的な文化対話の中心地となり、伝統的スポーツに加え、音楽、工芸、ストーリーテリング、伝統衣装、さらに遊牧民コミュニティによって実践されているその他の伝統的文化表現が披露されます。
伝統的文化表現とは何か?
伝統的文化表現は、「フォークロアの表現」とも呼ばれ、伝統的文化が表現される有形・無形の形態のことです。伝統的な舞踊、歌、手工芸、デザイン、シンボル、儀式、説話などがこれに該当します。
それらは先住民族や地域社会の文化的・社会的アイデンティティや遺産に不可欠なものであり、彼らの核となる価値観や信念を反映しています。
そうした文化表現が「伝統的」と説明されるからといって、それらが古代のものであるとか、何らかの形の過去の遺物であるとするのは、よくある誤解です。それどころか、そうした表現は世代から世代へと受け継がれ、その保持者たちによって継続的に維持、活用、発展させられています。
知識や文化表現を「伝統的」たらしめるのは、その古さではありません。ノウハウ、技能、慣行といった多くの伝統的知識は、コミュニティによって発展・維持されており、多くの伝統的文化表現は、古くもなければ停滞しているわけでもなく、むしろ今日の多くのコミュニティにおいて、活気に満ちたダイナミックな生活の一部となっています。
ワールド・ノマド・ゲームズの開会式と閉会式は、遊牧民の歴史、口承叙事詩、伝統衣装、デザイン、音楽や舞踊といった伝統的文化要素を、現代の国際的な観客向けに、モダンな演出や振り付け、大規模な舞台芸術と融合させることで、その特徴を際立たせています。
このイベントで披露される数々のゲームは、それ自体が伝統的文化表現です。たとえば、コク・ボル (ヤギの死骸を使ったポロ) は、馬に乗った2つのチームが、ヤギの死骸を運んで相手チームの「カザン」(ゴールとなる大釜)に入れることで得点を競う激しい馬術競技です。コク・ボルには、中央アジアの草原地帯で家畜を守るという歴史的な必要性が反映されていると考えられています。伝承によれば、オオカミに家畜の群れが襲われたとき、馬に乗った遊牧民たちはオオカミを追跡し、死骸を拾い上げ、狩りから戻る際に騎手同士でそれを投げ合ったといいます。時が経つにつれ、この慣習は、過酷な草原環境で生き残るのに不可欠な敏捷性、勇気、力強さ、そして騎乗技術を試す競技へと発展したと言われています。
伝統的文化表現の認知度が高まることは、その振興や保存に寄与する一方で、第三者による商業化につながる可能性もあります。文化的なシンボル、デザイン、パフォーマンスが、それらが生まれたコミュニティの同意や関与なしに複製された場合、そのコミュニティは不正使用を理由に異議を申し立てる可能性があります。
知的財産権とワールド・ノマド・ゲームズ
ワールド・ノマド・ゲームズは、国際スポーツ大会で一般的に見られる、おなじみの知的財産 (IP) の仕組みに基づいて運営されています。たとえば、大会の名称やロゴは商標として保護されており、このイベントとその公式グッズを他のものと区別するのに役立っています。
同様に、ワールド・ノマド・ゲームズの開会式や閉会式、音楽や舞踊のパフォーマンス、写真、映像作品なども、著作権保護の対象となる可能性があります。
ワールド・ノマド・ゲームズで実践・披露される数多くの伝統的文化表現のなかには、従来の知的財産権によって保護できるものもあります。たとえば、著作者を特定できる独創的な現代的表現は著作権保護の対象となり得るほか、コミュニティは商取引で使用される標章やシンボルを商標として登録することもできます。
しかし、その一方で、従来の知的財産権の適用範囲外となるものもあります。従来の知的財産権は、一般的に個人の所有権を対象としており、保護期間が限定され、創作者が特定できることを前提としています。これは、伝統的文化表現を保護するという政策目的を念頭に置いて設計されていない既存の知的財産制度には、一定の限界があることを浮き彫りにしています。
こうした限界は、自らの伝統的文化表現が無断で使用されるのを防ごうとしている先住民族や地域社会にとって懸念の種となっています。
たとえば、伝統的な織物の模様が世界的なファッションコレクションで再現されたり、神聖なシンボルがブランディングに利用されたり、あるいは伝統的パフォーマンスが、関係するコミュニティの許可や適正な利益分配なしに録画されオンラインで配信されたりするなどのケースが考えられます。
従来の知的財産制度の限界に対応するため、一部の国では、伝統的文化表現を保護するために知的財産法を修正したり、知的財産に類似した独自の制度を確立したりしています。その事例は、伝統的知識、伝統的文化表現、および遺伝資源の保護に関する法律、条約、規制を収録したWIPOデータベースで見ることができます。世界知的所有権機関 (WIPO) の加盟国は、それらを保護するための国際的な法的文書 (または複数の文書) に関する合意を最終決定するため、WIPOの知的財産および遺伝資源、伝統的知識およびフォークロアに関する政府間委員会 (IGC) において、テキストベースの交渉を進めています。
2026年ワールド・ノマド・ゲームズは、レスリングや鷹狩り、民俗競技などが繰り広げられるなかで、これらの伝統が活気ある文化遺産の一部として受け継がれていくことに改めて貢献することになるでしょう。
著者について
Daphne Zografos Johnsson氏は、 WIPO伝統的知識部のシニア・リーガル・オフィサー。知的財産、伝統的知識、伝統的文化表現にまたがる分野で20年以上にわたり活動してきた。レディング大学、キングス・カレッジ・ロンドン、ロンドン大学クイーン・メアリー校で教鞭を執った経験があり、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン (UCL) およびクイーン・メアリー校で知的財産法に関する上級学位を取得している。WIPOでは、伝統的文化表現と知的財産権に関連する新たな課題に取り組んでいる。