Taylor Swiftが所有する商標数は?
Taylor Swiftは、自身の会社であるTAS Rights Managementを通じて、米国だけで300件以上の商標出願を行っています。全世界では、本記事の執筆時点で、WIPOのGlobal Brand Databaseに、少なくとも16か国 (法域) で438件がリストアップされています。これらの商標がカバーするのは、彼女の名前や彼女がよく口にするフレーズから、楽曲のタイトル、ツアー名、さらには3匹の飼い猫の名前に至るまで、あらゆるものに及びます。しかし、これはキャッチーな言葉の所有を巡る問題にとどまるものではありません。彼女のアイデンティティを保護し、ブランドを強化するとともに、グッズやデジタル空間、ライブ体験において、自らのブランドを自分の思い通りに見せるための戦略なのです。
それぞれの商標がまじり合うことで、ブランディングという、より大きなシンフォニーを構成するのです。Taylorのヒットシングルの歌詞の1つであれ、ファンから愛される発言であれ、このような商標があれば、本当に彼女自身が発したものであると確認することができます。彼女は、今日のエンターテイメント界において、すべての言葉、イメージ、歌詞が芸術的・商業的な価値を持っていることを深く理解しています。彼女のアプローチは、こうした理解を反映するものです。
Taylor Swiftはどんなものを商標登録?
ステージネーム (活動名)
Taylor Swiftの商標は、クリエイティブな要素や商業的な要素を幅広くカバーしています。その中核にあるのは彼女のステージネーム「Taylor Swift」です。これを世界中で商標登録しているので、彼女は、ステージで、またショップやオンラインで、そして彼女のブランドが登場するあらゆる場所で、完全な法的保護の下、「この名前は私のものです」と言うことができるのです。
彼女のアルバム名: 『The Life of a Showgirl』など
彼女は『Reputation』、『Lover』、『Evermore』、『Midnights』、『1989』、『Fearless (Taylor's Version) 』など、いくつかのアルバムタイトルを登録しています。最近では、『The Life of a Showgirl』とその頭字語「TLOAS」が登録リストに加わりました。このように、録音をはじめとしてあらゆるグッズに至るまで、全てが商標出願の対象となります。これらの商標は、各アルバムにまつわるルックス、フィーリング、ストーリーを保護するのに役立っています。
アルバムの発表自体が戦略的なストーリーテリングといえるものでした。型通りのプレス発表を行う代わりに、恋人であるTravis Kelce氏が司会を務めるポッドキャスト「New Heights」の中で、ミントグリーンのブリーフケースによって公表したのです。それは、アルバム自体に引けを取らないくらいに、戦略的かつ劇的な効果を狙ったマーケティング手法でした。
歌詞中の個々のフレーズ
彼女を最も象徴的に表現する歌詞やフレーズもいくつか商標登録されています。例えば、「Welcome to New York, it's been waiting for you (ニューヨークへようこそ!ニューヨークはずっとあなたのことを待っていたよ) 」、「This sick beat (この最高にイケてるビート) 」、「Nice to meet you, where you been? (はじめまして。今までどこにいた?) 」、「The old Taylor can't come to the phone right now (昔のテイラーは、いま電話には出られない) 」などです。これらは単なる歌詞ではありません。彼女のアイデンティティとビジネスの一部を成すものでもあるのです。
ツアーの名称
「The Eras Tour」、「1989 World Tour」、「Fearless Tour」などのツアー名も保護されています。そうすることによって、これらのエクスペリエンスがどのように提示され、販売されるかを完全に掌握できるようになります。
彼女のファン: Swifties
彼女は、自身のファンを総称する「Swifties」を商標登録しようとしました。この申請は、一部の国 (法域) では困難に直面したものの、ファンとのつながりを大切にしようと真摯に取り組む姿勢を示すものといえるでしょう。
アーティストグッズ
ブランドが成長してくると、彼女は化粧品、ドリンクウェア、モバイルアプリなどの新しい分野にも進出しました。その一例が、彼女のパーソナリティとスタイルを基に作られた「Taymoji」というデジタル・ステッカー・アプリです。このような手段によって、音楽をはるかに超えた領域にも自身のブランドの影響力を確保していますが、その商業的な効果は計り知れないものがあります。例えば、66回にわたるThe Eras Tourの公演後、グッズ販売から得られた収入は4億4,080万米ドルに達しています。ファン1人平均みれば40米ドルとなります (TIME誌調べ) 。
飼い猫の名前
ブランド名には、彼女が飼っている猫の名前までもが含まれます。「Meredith, Olivia & Benjamin Swift」という名前が公式グッズとして商標登録されていますが、ファンのお気に入りである彼女のペットには、法的な裏付けがあるわけです。
アルバム、歌詞、ペットの猫、フレーズ、アプリのすべてが、総体として、より大きな戦略に組み込まれています。パブリックなイメージのあらゆる部分が、保護に値する知的財産とされています。それぞれの商標は、ブランドにとって最重要なものを保護できるよう、意識的に選択されたものです。全てのグッズとメッセージの選択には慎重を期しているので、そこから得られるエクスペリエンスは紛れもなくTaylor Swiftそのものです。
言うまでもなく、これらすべての商標を維持するにはリソースを必要とします。使用されない場合に取り下げた申請もある一方、「Swifties」のように、どこでも承認されるとは限らないものもあります。法律は国によって異なるため、彼女の法務チームは期限、事務処理、不正使用の実態を常に把握していなければなりません。華やかな仕事ではありませんが、彼女が自身の名前、スタイル、ストーリーをきちんと掌握できるようにしておくことは極めて重要です。
Evermore対Taylor Swift事件
包括的な戦略を以てしても、外的な課題に直面することがあります。Taylor Swiftは、アルバム『Evermore』のリリース後、2021年に商標権紛争に巻き込まれました。
ファンタジーをテーマにしたアトラクション「エバーモア・パーク」 (ユタ州) は、このアルバムのタイトルが極めて類似しており、一般の混乱を招くとして提訴しました。Taylor側の法務チームはすぐさま反訴し、同パークのパフォーマンスに彼女の楽曲が無断で使用されていると指摘しました。
最終的に、双方がそれぞれの主張を取り下げ、訴訟を長引かせるのではなく、穏便に解決する道を選択しました。
この訴訟から、彼女のブランドのように慎重に構成されたものであっても、法的問題に直面する可能性があることが明らかになりました。それと同時に、Taylorの法務チームが講じた慎重、迅速かつ断固たる対応からは、商標紛争を効率的に解決する方策を窺い知ることができます。
「Taylor’s Version」で所有権を取り戻す
Taylorは、保護すること以上に価値のあるものを商標から獲得しています。それは「レバレッジ」です。初期のアルバムの再録音を開始したときに彼女が直面したのは、アルバムを再リリースするたびに、新バージョンを商標出願しなければならないということでした。かつて所属していたレーベルが所有していた原盤と新バージョンとを区別するために必要とされていたのです。『Fearless (Taylor's Version) 』、『Red (Taylor's Version) 』などのアルバム名のみならず、「Taylor Swift (Taylor's Version) 」をも商標登録することで、彼女は自分の作品に法的、感情的な境界線を引いています。
この戦略は、アーティストの権利に対する革新的なアプローチといえます。これにより、彼女はナラティブ、楽曲、マーケットを取り戻すことができます。アーティストをサポートしているのはどのバージョンなのか、ファンは熟知しています。そして、彼女は法律に関する体制を整え、小売業者、プラットフォーム、広告主にもこの間の事情の周知を図っているのです。このような場面における商標法の活用は、商業的な行動を超越するものになります。それはすなわち、人々の権利を向上させる手段であり、業界と、すべての意欲的なアーティストに向けて発せられるシグナルでもあるのです。そのシグナルとは、法的なプランを戦略的に策定するならば、自身の名前と作品を自ら管理することは可能であり、単なる野心に留まるものではないということです。
原盤権が再びTaylor Swiftの許に
2025年5月、Taylor Swiftは最初期のアルバム6枚の原盤権をShamrock Capitalから正式に買い戻しました。キャリアのきっかけとなった楽曲の所有権を完全に回復したのです。この取引には、アルバムトラックからミュージックビデオ、未発表の素材まで、あらゆるものが含まれています。彼女はこのニュースを公表し、これまでの活動を通じて一貫してサポートを続けてくれたファンに感謝の意を表しました。
Big Machine Recordsの買収によって原盤権がScooter Braunの手に渡ったのは2019年のことですが、それ以来続いてきた長きにわたるプロセスにようやく終止符が打たれたのです。原盤権などの権利がShamrockに売却された後、彼女が最初に取り組んだのは、クリエイティブ面と商業面の双方のコントロールを取り戻すことを目指して、「Taylor’s Version」エディションで再録音キャンペーンを開始することでした。
しかし、最近実現したこの画期的な出来事を受けて自立性を取り戻した彼女は、将来『Reputation (Taylor's Version) 』などの再録音を行う場合、それは必要に迫られたからではなく、祝賀的な意味合いで行うのだと言っています。
Taylorが音楽アーティストのブランド戦略に与えた影響
彼女の成功を受けて、アーティストの権利を確保することの重要性に対する意識が高まっています。さらには、音楽業界における知的財産を巡る議論の活発化にも一役買っています。この分野での彼女の影響力はインスピレーションを超えています。彼女は、所有権、ブランディング、レガシーに取り組むアーティストの姿勢に根本的な変革をもたらしました。そして、Beyoncé、Billie Eilish、Rihannaなどのミュージシャン仲間たちが、自身のブランドを包括的で多次元的な資産として扱うようになっています。
このような変化は業界全体に及んでいます。そのことは、マネジャー、レーベル、法務チームが、いまや知的財産 (IP) を優先し、音楽商標を後回しではなく、長期的な成功のベースとして扱っているという事実からも裏付けられます。
Taylor Swiftの商標に対する世界的な保護
Taylor Swiftのブランドはグローバルです。彼女の商標戦略もその例外ではありません。彼女にとって、WIPOのマドリッド制度は、複数国での権利確保の手続きを効率化するために不可欠な存在です。この国際的な商標保護の枠組みにより、彼女の法務チームは、米国を拠点とする商標を、オーストラリア、カナダ、中国、EU、日本などの主要市場でも保護することができるのです。
このように、商標権の対象は、『Lover』、『Evermore』、『Midnights』などのアルバムタイトルだけでなく、ファン主導型で再録音関連の商標である「The Eras Tour」、『Red (Taylor's Version) 』などにも広がりました。
彼女の商標は、衣料品、音楽録音、印刷物、デジタルコンテンツ、さらには家庭用品など、幅広い商品やサービスも対象にしています。これは、特にアルバムの発売や海外ツアーに関して、世界的な商標保護を一貫して確保できる、スマートでコスト効率に優れたアプローチです。
戦略的商標の価値
Taylor Swiftの商標戦略をみれば、法律面での先見性とブランドに対するビジョンを調和させることによって、商業的保護をはるかに超えたものになっていく状況がよく理解できます。最初期の歌詞から最新のビジネスベンチャーに至るまで、それぞれの商標は、レガシーを確保し、メッセージを増幅させ、世界中にいる何百万人ものファンとのつながりを維持するために、彼女が慎重にまとめ上げてきた方法論の遍歴を書き記したものといえます。
Taylorを際立たせているのは、数多くの商標とその背後にある意図です。彼女は敢えて商標化を進め、それぞれの時代、歌詞、再創造をフレームワークに収めています。そうすることでコントロールを失うことなく進化できているのです。ファンにしてみれば、このことは、彼女の名を冠したあらゆるグッズ、プラットフォーム、エクスペリエンスは本人が公認した本物であり、彼女自身の声を基にしているということを意味します。他のアーティストたちに対して彼女が明確に示しているのは、創造性と戦略は共存できるということ、そして、自分の手で自らのアイデンティティを保護することは、「できる」のではなく、「しなければならない」のだということです。
著者について
Leticia Caminero氏は、ケンブリッジ大学で法学修士号 (LLM) を取得した知的財産弁護士です。ドミニカ共和国出身の彼女は、現在スイスのジュネーブを拠点に活動しており、WIPOのウェブコミュニケーションチームの一員として、また認定プロジェクトマネージャーとして貢献しています。同氏は、複雑な知的財産の概念を理解しやすいよう嚙み砕いて説明するポッドキャスト「Intangiblia」を主催しています。また、さまざまな法律雑誌に、スペイン語と英語で発表しています。
本記事の作成に当たり、WIPOのVirginie Roux氏とElisabeth Josa Valarino氏から、執筆の契機となったアイデアをいただいたほか、この課題へのアプローチをより洗練させるための助言をいただきました。ここに改めて両氏に謝意を表します。
音楽関連のコンテンツについては、 WIPOマガジン音楽特集 をご覧ください。その完全版 (PDF) を無料でダウンロードできます。