Gengee Technology社

スポーツにおけるイノベーションを探る: 競技場の内外で展開する知的財産

著者: Christopher Harrison(WIPO知的財産分析責任者)

2026/09/11

共有

パフォーマンス分析を通じて、チームは試合についてより深く理解することができます。それと同様に、知的財産分析によって、政策立案者、企業関係者や研究者は、技術進歩の道筋についてより容易に理解できるようになります。WIPOの知的財産分析責任者であるChristopher Harrison氏が、今年の「WIPOテクノロジーSPARKレポート (スポーツテクノロジー編)」にみられるトレンドを深く掘り下げて解説します。

スポーツと聞いて思い浮かぶのは、試合、新記録の達成、世界規模のイベントといったところでしょうか。しかし、記録を塗り替えるパフォーマンス、審判の微妙な判定、新たなファン体験の背後には、ほとんど人目につくことがない「イノベーション」が常に存在しているのです。

スポーツ用具に採用される先端素材から、アスリートの身体機能をモニタリングするウェアラブルセンサーに至るまで、テクノロジーは、スポーツの競技スタイルや運営、体験のあり方に、これまで以上に大きな影響をもたらしています。そして、データ分析、デジタルプラットフォーム、アシスティブテクノロジー (支援技術) のそれぞれが、身体能力と並んで、パフォーマンスを大きく左右する要素になっています。

スポーツは進化しています。特許や商標、意匠が果たす役割は、発明やブランド、デザインの保護にとどまるものではありません。このような知的財産権を総合的に捉えることで、膨大な情報が得られます。この情報を基に、イノベーションがどのような場面で起こっているのか、イノベーションの推進主体は誰なのか、そして、時間の経過とともに技術がどのように発展していくのかを解明することができるようになります。

直感からデータ重視へ

ごく最近に至るまで、プロスポーツの世界では、直感に基づいて意思決定がなされていました。スカウト担当者は自分の眼力を信じ、コーチは経験が頼りでした。そして、選手の評価に際しては、測定可能な成績に加え、選手に期待される潜在能力も同じ程度に重視されていました。しかし、過去25年間におけるデータ活用の進展によって、これまでのスポーツ界の常識に疑問が投げかけられるようになり、見落とされていたチャンスが引き出され、意思決定の方法に変化が生じています。このように、データが果たし得る役割がより明確に認識されるようになってきました。

米メジャーリーグ、オークランド・アスレチックスのGMであったBilly Beane (ビリー・ビーン) 氏は2002年、統計分析を活用して、限られた予算のなかで競争力のあるチームを作り上げました。同氏は、スカウト担当者の判断だけに頼る従来の慣行を改め、それまで見過ごされてきたパフォーマンス指標に注目して、実力が過小評価されている選手たちを発掘しました。2003年のベストセラーで、2011年にはブラッド・ピット主演で映画化された『マネー・ボール』のストーリーからは、実績、価値、競争上の優位性は正確に測定することができ、それによって、長年信じられてきた前提を覆す知見が得られることが分かります。

2016年から2025年の間に、スポーツ分野で登録された商標は125万件を超えています。

今日では、スポーツのあらゆる面にデータ分析が浸透しています。例えば、チームはリアルタイムのパフォーマンスデータを基に戦術を練り直し、アスリートはウェアラブルデバイスを活用してトレーニングの負荷、回復状況、怪我のリスクを監視しています。また、スポーツファンは高度な統計情報、ファンタジーリーグ、データがより豊富になった放送を通して試合を楽しんでいます。

データは戦略的資産となっていますが、イノベーションもこれと同様であると考えて差し支えありません。知的財産記録をたどれば、イノベーションに焦点を当てて、概念から実用へと技術が移行していく過程を理解することができます。イノベーションそのものを追跡する手段として、知的財産 (IP) データの体系的分析は極めて有益です。

データが示す事実

2016年から2025年の間に全世界で公開されたパテントファミリーのうち、スポーツ関連技術では、6万5,700件を超える発明が開示されました。同じ期間に、スポーツ分野では125万件を超える商標登録と約7万件の意匠出願が行われています。

増加率で見れば、この間の推移が一層明らかになります。スポーツ技術関連の特許は年平均7.6%のペースで増加していますが、これは世界の特許全体の増加率4.4%を上回っています。

この傾向はビジネスのレベルでも同様に認められ、商標全体の年平均増加率が3.4%であるのに対し、スポーツ関連商標は、ほぼ2倍の同6.1%で増加しています。

相対的な成長率が最も高いのは意匠登録の出願で、全分野の年平均増加率4%に対し、スポーツ関連の意匠は、同8.3%のペースで増加しました。

以上を総括すれば、スポーツの分野でみられるイノベーションは、世界全体の動きにただ追随しているのではなく、発明、商品化、製品デザインのすべてにおいて、これを凌いでいるということができます。

知的財産データからは、スポーツごとにイノベーションが異なることも明らかになります。例えば、スポーツ技術関連の特許活動が最も活発なのはゴルフで、2016年以降、約1万9,000件の発明が公開されています。次いで水泳、ラケットスポーツ、バスケットボール、サッカーの順となっています。

スポーツ技術に係る特許権者のなかでゴルフの存在感は大きく、ナイキやアディダスなどの世界的なスポーツウェアブランドと肩を並べて、Titleist、Srixon、Pingといった主要なゴルフブランドも顔を見せています。

意匠データからは、これとは別の側面をうかがうことができます。フィットネス機器やアパレル製品では、見た目の美しさ、人間工学的配慮、消費者への訴求力といった要素が重視されますが、こうした状況を反映して、意匠の分野においては、ジムとフィットネス事業者による出願が多くを占めています。

レクリエーションスポーツやパーソナルフィットネスへの参加者が世界的に増えるにつれ、差別化の手段として、意匠の役割はますます重要になっています。

これ以外にも、興味深い事例として、水泳を挙げることができます。特許と商標では第2位、意匠では第3位ですが、主要な知的財産区分のすべてにおいて、水泳には非常に強い存在感があります。

web_article_17_2026_infographic_1389_JA.png
WIPO (特許および意匠データは「PatSnap」、商標データは「Global Brand Database」による、2026年1月)
注: 特許件数は、公開されたパテントファミリー数 (発明件数の代替指標として) で示しています。

このことから、水泳というスポーツは、トップレベルの競技のみならず、高機能ウェア、ゴーグル、プール用品、トレーニング機器、レクリエーション製品に至るまで、多岐にわたるイノベーションに下支えされていることが分かります。フィットネスと同様に、水泳の場合でも、市場での競争力を左右するのは、技術的な能力、ブランド力、そして製品デザインです。

世界各国におけるスポーツ関連のイノベーション

知的財産活動には、各国ごとに異なるパターンがありますが、スポーツに関連するイノベーションの地理的分布には、このようなパターンが大枠で反映されています。アジアは、強固な製造基盤と技術開発投資の増加を反映する形で、スポーツ関連の特許および意匠において世界をリードしています。

対照的に、欧州では商標活動が際立っています。これはおそらく、同地域にはスポーツクラブ、スポーツブランド、ビジネス関係者による緊密なエコシステムがあることに加え、小規模ながらも非常に活発な行政単位が多数存在していることによるものと思われます。

スポーツをビジネス化していく道筋は、テクノロジー企業、メディアプラットフォーム、エンターテインメントブランドによって形成されていきます。

国レベルでみれば、代表的なスポーツはそれぞれで異なります。米国、日本、韓国でとりわけ目立っているのは、ゴルフ関連の特許です。中国では、バドミントンや卓球の特許に牽引される形で、ラケットスポーツの技術が特に活発です。

一方、ドイツでは、特にサッカー関連の特許が多くを占めています。同国はアディダスの本拠地であり、世界有数のサッカー強豪国でもあります。

商標データにも、スポーツビジネスの世界的な影響力が反映されています。スポーツ関連の商標権者のなかで、ひときわ存在感を示しているのは国際的なビッグビジネスです。多くの場合、ブランドは複数の国 (法域) で、また幅広い商品やサービスにわたって商標を登録するからです。

このなかには、意外と思われるものがあるかもしれません。NBA (全米バスケットボール協会) 、WWE (ワールド・レスリング・エンターテインメント) 、スポーツ用品小売のDecathlon (デカトロン) といったスポーツ関連組織と並んで、ディズニー、アップル、アマゾンなどの名も確認することができるのです。

テクノロジー企業やエンターテインメント企業が名を連ねているという事実から、競技そのものの枠を超えたスポーツ経済の拡大ぶりをうかがい知ることができます。ディズニーのスポーツ放送事業、アップルのデジタルフィットネス・エコシステム、アマゾンのライブスポーツストリーミングへの投資など、今やスポーツ経済は、メディア、ストリーミング、デジタルサービス、マーチャンダイジング、ファンエンゲージメントをはじめ、多岐にわたる分野を包含するまでに拡大しています。

換言すれば、テクノロジー企業、メディアプラットフォーム、エンターテインメントブランドが、スポーツの「消費」のあり方や商業化の道筋の形成に、以前にも増して大きな影響力を及ぼすようになったということです。

データの取得とスマート機器

スマートスポーツ機器の台頭は、知財データの重要性を端的に物語る事象の1つです。センサー、ネットワーク接続、組み込みアナリティクス (組込型のデータ分析機能) によって、旧来の機器は、詳細なパフォーマンスデータを取得できる高度なデータ処理システムへと変貌を遂げつつあります。

慣性センサーを内蔵した機器の活用により、サッカー、バスケットボール、ラグビー、クリケットなどの競技では、ボールの速度、回転、弾道、衝撃特性を測定することができます。このような技術は、アスリートが行うトレーニングのサポートや、より詳細なパフォーマンス分析に活用し得るほか、審判の判定を支援する目的でも利用できるかもしれません。

中国のGengee Technology社は、アスリートがプレーする際の詳細な動きや位置データを収集できるスマートボールシステムを開発して特許を取得しました。「スポーツにおける勝敗は、ミリ秒単位で決まります。テクノロジーにおけるブレイクスルーは、特許によって明確になります」と同社の会長兼CEOであるWeidan Chen氏は語っています。

「Gengeeが特許で保護している中核的イノベーションは、フィールドでのボールへの接触 (タッチ) や選手の移動 (ラン) のすべてをデータ駆動型言語に変換するものです。それによって、スポーツ界の可能性がさらに広がります」

同社が保有する特許の1つに、6軸慣性センサー、マイクロコントロールユニット、無線通信モジュール、内蔵ストレージを搭載したボールに関するものがあります。このシステムは、動作に関連するデータを収集し、各動作にタイムスタンプを付けてから、このデータを分析するためにモバイルデバイスまたはクラウドサーバーに送信するものです。

同技術では、センサーデータと無線測位システムとの組み合わせによって、ボールの弾道と動きのパターンを高精度で再現することができます。得られたデータは、テクニックの分析やパフォーマンスの測定のほか、データをより重視するトレーニング方法の支援にも活用することができます。

1-100093.webp
Gengee Technology社
Gengee Technology社のスマートボールシステムにより、詳細な動きのと位置データの把握が可能になります。

スポーツ界におけるこうした技術は、トップレベルの競技以外にも浸透していくものと思われます。センサーの小型化、低価格化が進み、日常的な機器への組み込みがより一般化するにつれて、コネクテッドスポーツ技術は、一層身近な存在になってきています。

地元のクラブでトレーニングする若い選手たちが、スマートボールやセンサー内蔵のすね当て、あるいはコネクテッドラケットを使って主要な統計データを取得し、モバイルアプリでフィードバックを受け取るようになる日が遠からず訪れるかもしれません。

このような将来像と、個人向けフィットネスの分野で既に経験してきたこととの間には、多くの類似点を見出すことができます。過去10年間で、ランニング、サイクリング、レクリエーショナルトレーニングといった活動において、距離、心拍数、睡眠などの指標を追跡するウェアラブルデバイスが日常的に活用されるようになりました。

特許、商標、意匠のパターンを分析することで、各産業が時間とともに進化していく道筋を追跡することができます。

知的財産データは、パラスポーツのような、より限定的な分野でのイノベーションを特定する上でも役立ちます。

パラスポーツの領域では、学術研究機関が特に大きな役割を担っています。大学や研究機関に由来する特許の割合は、パラスポーツ関連では約26%であるのに対し、スポーツ技術全体では17%に過ぎません。

アシスティブテクノロジーには高度な技術を必要とし、インクルーシブスポーツでは公的研究による支援が重要になります。このような事情から、パラスポーツの分野には、より研究集約的なイノベーションの仕組みが、その基盤として構築されているのです。

補助スポーツ用品、義肢、適応型車椅子 (adaptive wheelchair) 、リハビリテーション技術などは、多くの場合、研究者、技術者、アスリートの協力から生み出されるものです。

こうした革新技術によって、スポーツの裾野が大きく広がります。さらには、医療技術やモビリティ関連技術にも少なからず貢献できるかもしれません。

より明確にイノベーションを捉える

試合終了間際でのゴール、世界記録を更新するスプリント、優勝を決めたウイニングショット―私たちのスポーツ体験は、このような劇的な瞬間を通じて形成されます。こうした一瞬のスーパープレーは、その背後にあるより大きな体系―すなわち技術進歩―が片鱗をのぞかせたものといえるでしょう。知的財産分析によって、この体系をより明確に理解できるようになります。

特許、商標、意匠のパターンを分析することで、どのようにしてアイデアが生まれ、技術が融合し、時間の経過とともに業界が進化していくか、そして、トップレベルの環境からより広範な商業ベースや個人ベースのアプリケーションまで、イノベーションがどのように浸透していくかをたどることができます。

また、それによって、パフォーマンスデータだけを注視していては見落としがちな関係性も明らかになります。例えば、材料工学、センサー技術、デジタルプラットフォームの進歩が、スポーツ界だけでなく、健康、フィットネス、エンターテインメントなど、スポーツの周辺分野にも、どのように波及していくかということです。

このような観点に立つと、競技や娯楽の域を超えたスポーツの姿が見えてきます。スポーツのイノベーションは、競技が行われるフィールド上だけでなく、世界中の研究室、作業場、デザインスタジオでも生み出されています。そしてスポーツは、このようなイノベーションを動的に実験する機会でもあるのです。

ゴルフ、サッカー、ラケットスポーツ、クリケット、水泳など、スポーツ別の特許分析や、スマート機器、ウェアラブル、ボールトラッキングシステムに関するケーススタディなど、本記事にあるトレンドに関する詳細な情報は、「WIPOテクノロジーSPARKレポート (スポーツテクノロジー編) 」をご参照ください。

また、ジムおよびフィットネス分野におけるイノベーションや、WIPOマガジンのスポーツ特集号にも詳細な情報が掲載されています。