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音楽業界のデジタル変革 (DX) の10年間をIFPIが振り返る

著者: Lauri Rechardt氏 (IFPI Chief Legal Officer (最高法務責任者))

2025/05/28

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IFPIのデータによると、音楽業界の収益は2014年以降296億米ドルに倍増し、現在ストリーミングは全世界で69%を占めています。著作権は依然としてAIの課題を乗り越えていくための鍵であり、業界はマーケティングとアーティストの育成に多額の投資を続けています。

国際レコード産業連盟 (IFPI) のデータによると、世界のレコード音楽産業の価値は2014年以降、140億米ドルから296億米ドルへと2倍超に増加し、現在ストリーミングは収益の69%を占めています。この継続的な成長は、権利所有者がイノベーションを受け入れて新しい音楽サービスのライセンスを取得したことと、かつて海賊版で最も大きな打撃を受けた地域で才能が発揮されたことに起因するとみることもできます。ラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカ、中東・北アフリカは現在、レコード音楽の最も急速に成長している市場です。

最新のデータとトレンドからは継続的な成長の可能性が残っていることが示されていますが、IFPIは、著作権の枠組みを尊重し、アーティストに投資することが依然として不可欠であることを強調しています。アーティスト・アンド・レパートリー (A&R) マーケティング支出は、人工知能 (AI) 企業による著作権に対する前例のない挑戦の中で、2023年の時点で既に過去最高の81億米ドルに達していました。

CDからストリーミングへ: 収益の変遷

2015年、私はWIPO Magazine音楽業界の状況についての記事を書き、著作権の機会や課題、将来の成長について取り上げました。当時、IFPIは2014年の世界収益に関するデータを公開したばかりで、それによると、レコード音楽業界の規模は140億米ドルであり、コンパクトディスク (CD) の売上が主な収入源であることが示されていました。Spotifyの加入者数は15百万 (2024年には263百万) で、成長の大きな障害となったのは、オンラインコンテンツ共有プラットフォームが「セーフハーバー」特権の恩恵を主張しながらライセンスなしで音楽を配信することによる市場の歪みでした。

それから10年後の2025年 IFPIグローバル・ミュージック・レポート が最新のデータを提供しています。2024年のこの業界の規模は296億米ドルであり、収益の69%がストリーミングからのものとなっています。全世界に7億5,000万人以上の有料ストリーミングサブスクリプションアカウントのユーザーがおり、一部の契約保留者を除き、主要なコンテンツ共有およびソーシャルメディアプラットフォームが、音楽使用ライセンスの交渉を行っています。業界の変革と成長の深さとペースは、最も楽観的な予測をも超えたものになっていると言うことができるでしょう。

世界の音楽業界の成長を牽引する3つの要因

(1) ストリーミングを超えて: フィジカル製品と実演ライセンス

市場の成長は主に有料ストリーミングによって牽引されていますが、フィジカル製品も消失はしていません。それどころか、ビニールレコードの売上は順調に伸びています。また、著作権管理団体 (CMO) は、放送や公衆実演ライセンスからの収益も増加させています。そのため、デジタルストリーミングが業界の収益の大部分を占めていますが、他の製品も成長しており、全体的なトレンドに貢献しています。

(2) グローバル展開と現地アーティストの育成

業界の成長はグローバルで、全ての地域に及んでいます。今日では、中国や韓国、ブラジル、メキシコが上位10市場に含まれており、2024年に最も急成長した地域は中東・北アフリカ、ラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカでした。さらに、最近の「グローカリゼーション (Glocalization)」に関する論文によると、調査対象のほとんどの国で「2022年においてトップ10の曲とアーティストの国内シェアが絶対的にも相対的にも増加した」とのことです。IFPIでは、この傾向の証拠は各市場の年間トップ10チャートから見てとれます。

このデータは、継続的な成長を確保するためには地元の人材への投資が重要であること、また、そのような投資を支援する予測可能で調和のとれたグローバルな著作権の枠組みの重要性を示しています。世界知的所有権機関条約と、実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約とが、世界の著作権制度の基盤として、また地元の音楽やその他のクリエイティブ産業の成長を可能にするものとして、どれほど重要であるかは、いくら強調してもし過ぎることはありません。

(3) 音楽バリューチェーン全体における公平な成長

ソングライター、出版社、アーティスト、レコード会社、流通業者など、音楽バリューチェーンの全てのグループが恩恵を受けています。英国の知的財産庁 (IPO) と競争・市場庁 (CMA) による、デジタル時代の音楽クリエイターの収益に関する調査報告によると、アーティストやソングライターが業界の売上収益の増加に占める割合が大きくなっている一方で、ライセンスされたストリーミングサービスが消費者に前例のない価値を提供している、とのことです。

2024年の世界のレコード音楽の収益シェアを形式ごとに示したカラーのインフォグラフィック。ドーナツチャートでは、ストリーミング全体の69.0% (定額制のストリーミング51.2%、広告付きストリーミング17.7%) 、フィジカル製品16.4%、実演権9.7%、ダウンロード&その他のデジタル2.8%、シンクロ2.2%の内訳が表示されています。右側には、以下の主要統計が表示されています。「グローバル収益成長率+4.8%」、「定額制アカウントのユーザー7億5200万人」、「定額制のストリーミング収益+9.5%増加」。音符の図形とグラデーションカラーブロックが、視覚的な注目を促します。
IFPI

IFPIは、世界的にも同じ傾向があることを見出しています。2023年にレコードレーベルは収益の34.8%をアーティストに支払っており、その支払額は2016年から2023年の間に107%増加しています。ソングライターや出版社も恩恵を受けており、2023年のストリーミング収益は、フィジカル製品の販売がピークに達した2001年のCDセールスの2倍超となりました。

アーティスト育成に81億米ドル: デジタルノイズをカット

また、今日のアーティストは、音楽の制作や流通に関して以前よりも多くの選択肢や機会を得ている一方で、音楽制作における「民主化」やグローバル競争により、アーティストがファンにリーチすることがこれまで以上に難しくなっていることも事実です。

Luminate (かつてMRC DataやNielsen Musicとして知られていたエンターテインメント市場の監視・分析提供会社) によると、1億超の曲がストリーミングプラットフォームで配信されており、毎日10万超の新録音がアップロードされているとのことです。だからこそ、レコード会社は音楽エコシステムで重要な役割を果たし続けています。才能の発掘、宣伝、育成におけるレコード会社の専門知識は、ファン獲得のための一層激化する戦いでのアーティストの成功を助けることができます。

さらなる成長は当たり前ではなく、投資、人間の芸術性への信念、そして強固な著作権の枠組みが必要です。

業界の急速な進化とその運営環境の大きな変化の中で一貫しているのは、芸術の中心性と、アーティストとその音楽に対するレコードレーベルの信念と投資です。

2025年のIFPIグローバルミュージックレポートによると、レーベルのA&Rとマーケティングへの投資は、2023年に過去最高の81億米ドルに達しました。アーティストへの投資は依然としてリスクが高く、商業的に成功するアーティストは10人中1人か2人しかいないため、この投資は不可欠です。この投資は、ソングライターや出版社からデジタルサービスプロバイダーまで、この分野の他のプレーヤーにも利益をもたらします。

このような背景から、著作権保護は、レコード会社がアーティストとその音楽にリスクの高い投資を行うための重要な前提条件であることに変わりはありません。著作権が提供する独占的権利がなければ、レーベルは、新しい音楽の創造と新しいアーティストへの投資を確保するために必要な録音物の使用について、公正な商業条件を交渉することができません。

この著作権の基本的な考え方は、生成AIの文脈においても当てはまります。

AIが生成した音楽に対する消費者の需要は明らかではなく、人間のアーティストは、その需要を満たす能力が十二分にあります。

AIと音楽の著作権

世界中の政府がAIに対して著作権の枠組みに必要な調整を検討していくなかで大切なのは、インターネット媒介者の免責が導入されたときなどの過去の過ちから学び、社会的ニーズと経済的影響について事実に基づく評価が徹底的に行われるまでは、例外規定を導入しないことです。

生成AIのプロバイダーが、ライセンス交渉なしに音声録音を使用してモデルを訓練することは、正当化されません。AIが生成した音楽に対する消費者の需要は実証されておらず、人間のアーティストには新たな音楽への需要を満たす能力が十二分にあります。また権利所有者が幅広くその権利のライセンス供与を実施できることが実証されています。

AIと音楽の権利をめぐる法廷闘争

レコード業界の100年を超える歴史を通じて、アーティストやレコード会社は新しい技術を受け入れ、これに常に適応し、協力してきました。AIも例外ではありません。アーティストとそのレーベルは、何年も前から様々なAIアプリケーションを使用しており、今後もそうし続けるでしょう。

クリエイティブ産業にとっての課題は、新しい技術の出現ではなく、技術産業の一部における著作権の弱体化を反射的に求める反応 (技術の進歩によってそれが必要になっていると主張) と、「明確さの欠如」を口実に著作権のルールを尊重せずに新しい技術がしばしば使用されているという事実です。

OpenAI、Meta、Anthropicなどの大手の生成AIプロバイダーや、音楽AI開発企業であるSunoやUdioなどに対する、注目度の高い著作権者による訴訟の増加は、これらの企業が採用したアプローチを示しています。

著作権政策の立案者にとってこの課題は、前例のないものであるとともに、身近なものでもあります。AIが私たちの生涯で最も強力で変革的なイノベーションになる可能性があるという点で、前例のないことです。しかし、強固な独占権に基づく著作権は、これまで解決策を提供してきました。

AI音楽におけるバランスの取れた著作権政策

AIの文脈におけるバランスの取れた著作権政策の試金石としては、3点大切なポイントがあります。

(i) グローバルな著作権の枠組みが有効であり続けること

世界知的所有権機関条約に基づくグローバルな著作権の枠組みは、引き続き強固な基盤を提供します。権利所有者の独占的権利が確保され尊重されなければならず、例外や制限を設ける場合、この例外や制限は、条約に明記された3段階のテストを満たすものである必要があります。���りわけ、AI訓練のための著作物のライセンス供与が現実的な選択肢となる場合は、例外は認められません。 

(ii) 透明性が必須

十分な透明性がなければ、著作権の行使は不当に困難になるか、法外な支出を伴います。そのために、例えば、最近採択された欧州連合の人工知能 (AI) 法の第53条では、AI開発者に「汎用AIモデルの訓練に使用されたコンテンツについての十分に詳細な概要を作成し、公開する」ことが義務付けられています。

(iii) 人間の創造性を中心に据え続けること

著作権は、人間のオリジナルな創造性の産物を保護します。様々なセクターのクリエイターは、様々なAIツールの使用により創造的なプロセスをサポートします。ただし、アーティストがAIツールを使用した場合はその成果物を保護対象から外すべきではありませんが、AIが単体で生成した作品は、著作権法の下での保護対象とはなりませんし、なるべきでもありません。

AIは、私たちの日常生活を改善し、新薬開発や気候変動への対処などの、差し迫った問題の解消法を見つける際の助けになります。しかし、このような社会的に有益な目標と、人間の芸術性にただ乗りしようとする生成AIモデルの開発とは区別する必要があります。後者の場合、著作権における例外を設ける根拠はありません。AI開発者が商業的利益のために、権利所有者の創造性を乱用することを許すことは、経済的に不健全であり、道徳的にも間違っているといえます。

音楽業界の将来: ストリーミング、著作権、そしてAI

これからの10年は、世界のレコード音楽業界にとってどのような年になるのでしょうか?本業界で最もエキサイティングなことの1つは、将来の音楽トレンド、ジャンル、芸術性のファンが何を受け入れるか分からないということです。常に何か新しいこと、思いがけないことがあるのです。

しかし、明らかなのは、今日のレコード業界は変化を受け入れ、イノベーションの推進に直接取り組んでいるということです。これは、新興市場の継続的な成長を意味しており、アーティストがさらに大きく成長しグローバルにブレイクする機会につながります。

レコード会社がアーティストとファンとの間のつながりを深める方法を模索する上で、技術は不可欠なものであり続けるでしょう。AIに関しては、認可と透明性の原則に基づいて、音楽が公正な条件で生成AIサービスにライセンスされるだろうという希望があります。政府には、このことの認識と支援を求めます。

逆説的かもしれませんが、音楽のエキサイティングな将来は、過去10年間の進化を支えてきたのと同じもの、つまりグローバルな著作権の枠組みの尊重に基づいています。

著者について

Lauri Rechardt氏は、ロンドンを拠点とするIFPIのChief Legal Officer (最高法務責任者) です。IFPIに参加する前、彼は、Finnish Performing Artists and Record Producers Copyright Society (フィンランドのパフォーミングアーティスト及びレコードプロデューサーの著作権協会) であるGramexのディレクターであり、フィンランドの大手法律事務所であるProcopé & Hornborgのパートナーでした。彼はまた、1988年の夏季オリンピックのセーリング競技に出場したことでも知られています。