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中東・北アフリカの音楽ブームの背景: SpotifyのImad Mesdoua氏との対談

著者: Nora Manthey (WIPOマガジン編集者)

2025/05/23

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Spotifyが年1回発行している音楽業界レポート、「 Loud & Clear 」によれば、世界中のアーティストが、様々な言語や地域で前例のない成功を収めています。2024年にSpotifyで100万米ドル以上の収益を上げたアーティストが音楽を録音した言語は、2017年の2倍以上となる17言語に達しました。中東・北アフリカ (MENA) 地域では、録音音楽による収益が過去最高を記録し、世界の音楽業界のトップになりました。

WIPOマガジンでは、Spotifyの中東・アフリカ担当ガバメントアフェアーズ・ディレクターであるImad Mesdoua氏から、主な成長要因や、Spotifyが地元の音楽シーンやアーティストを世界に発信するのに役立つ「隠し味」について話を聞きました。

無地のライトグレーを背景にカメラを直視している、ダークスーツのジャケットと白いシャツを着て眼鏡をかけたImad Mesdoua氏。
Spotify
Imad Mesdoua氏

元政治アナリストで汎アフリカ主義者であると公言しておられますが、Spotifyのどんなところに魅力を感じたのでしょうか?

この役職は私が大切にしている多くのことに関連しているので、夢のような仕事です。私は、物心がついた頃からずっとSpotifyのユーザーで、音楽や芸術だけでなく、文化やアイデンティティに関する政策の問題に常に強い関心がありました。私は、アフリカとアラブ世界の接点に位置するアルジェリアの出身です。これらの2つの地域をまたいで暮らした経験から、文化の橋渡しとなり、地元の人々の声を広めたいという強い願望が生まれました。この仕事で一番わくわくさせられることは、私が生まれ育った地域のクリエイティブ産業を支援する機会があることです。

中東・北アフリカは、経済的課題にもかかわらず、音楽業界が記録的な成長を遂げています。突然成功を収めたのはなぜでしょうか?

このデータにはとても励まされます。この成長は決して偶然のものではありません。長期にわたって存在していた多くの要因がその背景にあります。

まず第一に、このような爆発的な成長の根底にある諸条件には議論の余地がありません。強い絆でつながり、デジタルに精通しており、地元と世界の両方で音楽に深く関わっている非常に若い世代の人たちがいます。この地域は、クリエイティブな才能にあふれており、こうした才能への国内での需要も高まっています。

第二に、ストリーミングプラットフォームが変革を遂げていることです。データを深く掘り下げてみると、中東・北アフリカ地域の音楽業界に還元されている収益は、ほぼすべてがストリーミングによるものであることがわかります。あらゆるカテゴリーやジャンルで、アーティストたちへの人気が高まっています。

  • 2024年に、世界の録音音楽による収益は4.8%増加し、296億米ドルに達しました。

  • 中東・北アフリカ地域では、大部分がストリーミングの収益であり、99.5%という驚異的な市場シェアを占めています。

  • 音楽を聴く時間において、中東・北アフリカ地域のユーザーは週平均27時間と世界トップクラスであり、世界平均を約6時間上回っています。

3つ目の要因は中東・北アフリカ特有のものであり、過去数年間にクリエイティブ産業に対する政府の投資が大幅に増加したことです。サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの市場では、クリエイティブ経済の様々な分野に対して、政府の大規模なプログラムから数十億ドルが注ぎ込まれています。これには、アーティストを育成し、ツアーを行い、録音し、音楽を発表するために必要なインフラも含まれます。これにより、業界は驚異的なスピードで規模を拡大しています。

最後に申し上げたいのは、特に当社が果たした役割です。Spotifyは、2018年11月に中東・北アフリカ市場に進出して以来、地元のアーティストが国内だけでなく世界の舞台でも認知されるよう、キュレーション・編集戦略と当社で呼んでいるものに重点を置いてきました。

Spotifyは、政府投資に関して当局とどのような話し合いを行っていますか?

私の役割は、当社のビジネス、クリエイティブ産業、そしてクリエイター全般に影響を及ぼす幅広い問題をカバーしています。私の仕事は、文化を繁栄させるための法的制度を形成するために、建設的かつ継続的な対話を政府と進めることです。

常に多くの議題があり、その一つが著作権改革です。この地域では、今日の音楽業界の仕組みやデジタルエコシステムの進化を反映させるために、各国の政府が国内法を改正し始めています。

この地域では、WIPO著作権条約であれ、デジタル音楽ビジネスの基盤となっているWIPO実演・レコード条約であれ、WIPO条約の採択に関してギャップがあります。私たちは、政府関係者との話し合いを通じて、実践的で、容易に適用でき、音楽分野における国際的なベストプラクティスや著作権条約と一致する改革を奨励するよう努めています。

また、著作権改革に隣接する、またはその下流にある様々な問題についても話し合っています。例えば、メタデータに関する問題や、透明性や報告のための制度改革などであり、最終的に音楽配信など分野でのロイヤルティの徴収や分配が容易になります。それが1つ目の大きな課題です。

2つ目の大きな課題は、この地域における当社のようなプラットフォームの運用上の問題と私が呼んでいるものです。具体的には、プラットフォームのライセンス制度、課税の問題、他の技術セクターの規制などについて話しています。当社では、柔軟性を高め、デジタルストリーミングプラットフォームのユニークなビジネスモデルに対する理解を深めてもらうよう努めています。

Spotifyの「Loud & Clear」レポート によれば、自国よりも海外から受け取るロイヤリティの方が高くなっているアーティストもいます。それはなぜだと思いますか?

Spotifyの強みとして、グローバルなプラットフォームであることが挙げられます。統計によれば、世界で13人に1人が当社のプラットフォームを使用しているため、地域的なアーティストがグローバルなユーザーコミュニティにアクセスできます。当社の2025年第1四半期の収益によれば、2億6,800万人の有料会員と6億7,800万人の月間アクティブユーザーがおり、前年比で10パーセント増加しています。

同時に、非常に多くの楽曲が毎日アップロードされているため、世界中のオーディエンスにリーチするのは難しいかもしれません。私たちが地元で採用しているキュレーションの要素は、この人気の高まりの恩恵をアーティストが確実に受けられるようにする上で重要な役割を果たしています。このサポートは、他の取り組みと相まって、アーティストがファン層を拡大する新たな機会を生み出しています。

このことは、「Loud & Clear」の最新号から見てとれます。Spotifyが2024年にナイジェリア国内の音楽産業に支払ったロイヤルティを見ると、580億ナイラ (約3,600万米ドル) に達しています。これは2023年に支払われた金額の2倍です。南アフリカでは、2024年に4億ランド (約2,100万米ドル) 近くを支払っています。これも2022年の2倍の金額です。これらの収益は、かなり���部分がアーティスト自身の国以外のリスナーからのものでした。これは、地元のタレントが世界的に知られるようになると、経済面でその影響を感じることができることを裏付けるものです。

先ほどおっしゃったSpotifyのキュレーション・編集戦略についてお話しください。

Spotifyの隠し味の中心にあるのは、発見と個性化です。Spotifyの体験に、2つとして同じものはありません。それは、カスタマイズされたユーザー体験によるものです。その大部分は高度に洗練されたアルゴリズムによってもたらされていますが、多くは手作業でのキュレーションでもあります。

才能あふれる音楽エディターが世界中におり、それぞれ自分がカバーする音楽シーンについて深い知識を持っています。音楽の熱狂的なファンであり、アーティストが過去に発表した作品だけでなく、制作中の作品についても理解しています。アーティストやそのチーム、そして業界全体に密着していることで、地域の音楽エコシステムとつながっているため、彼らの役割は重要です。

実際にどのように機能しているのか例を挙げて説明していただけますか?

ナイジェリアの「アフロビート」や南アフリカの「アマピアーノ」などのジャンルが世界中で人気を集めています。当社のエディターは、プラットフォーム全体でこれらのジャンルの曲からプレイリストを作成しており、これらの作品にスポットライトを当て、アーティストが世界中の新しいオーディエンスにリーチするうえで大きな役割を果たしています。さらに、「Radar Africa」などのSpotifyが編集した番組で、プラットフォーム内のサポートやプラットフォーム外のマーケティングを通じて新進気鋭のアーティストを支援しています。「Radar Africa」では、将来が期待されるTems、Tyla、Ayra Starrなどのスターを特集してきました。

中東・北アフリカでは、モロッコやエジプトのラップシーン、地中海東岸や湾岸地域のポップスや「ハリージ」のサウンドなど、地元の音楽シーンも活況を呈しています。これらのジャンルの台頭は、「Melouk El Scene」、「Yalla」、「Abatera」などの主力プレイリストに表れています。「Equal Arabia」のような番組では、Assala Nassri、Balqees、Anghamなどの女性アーティストにもスポットライトを当て、国内外で視聴者を増やしています。

データに基づいた今風のラジオのDJのような印象を受けます。これはどのようにしてアーティストに直接役立ちますか?

そうとも言えません。Spotifyは、ラジオのように受け身の姿勢で聴くものではありません。ユーザーは、聴きたい音楽を自発的に選びます。これにより、人々が実際に何とつながっているのかをより明確に把握できます。これは大きな違いです。また、Spotifyは、キャリア開発の主導権を握るためのツールもアーティストに提供しています。

当社では、アーティストが楽曲のミュージッククリップ (PV) をアップロードできる「Spotify for Artists」というプラットフォームを提供していますが、ここで最も重要なのは、アーティストがリスナー層に関するデータをモニタリングできることです。アーティストは、ファンとつながり、リスナーがどこにいるのか、どれくらいの時間聴いているのか、曲がどのように再生されているのかをリアルタイムで確認できます。このようなデータがあれば、アーティストとそのチームは、目的をもって成長することができます。これは従来のラジオでは実現できない点です。

中東・北アフリカ地域の見通しはどのようなものですか?今聴くべき期待の注目アーティストは誰ですか?

中東・北アフリカとアフリカは、今後も世界の音楽文化を形成し続けると確信しています。コーチェラに出演したTylaやAmaarae、ラテンアメリカのヒットチャートでブレークしたサウジアラビアのアーティスト、Mishaal Tamerなど、この地域のアーティストが世界的に有名になるのを見てどれほどわくわくしているか、言葉では言い表せません。

今年、アブダビでColdplayを見に行きましたが、チリとパレスチナをルーツにもつアーティスト、Elyannaが、ワールドツアーのオープニングアクトを務めました。私たちは時々立ち止まって、こうした出来事がどれほど素晴らしいものであるかを認識する必要があります。

私はこの地域の新しいアーティストに耳を傾けるよう最善を尽くしていますが、傑出した次世代のタレントを発掘したい場合は、「Radar Arabia」や「Radar Africa」といったプレイリストがお勧めです。これらのプレイリストで表現される創造性は世界トップクラスですので、是非聴いてみてください。未来の見通しは実に明るいものです。

私たちの地域で起こっていることは、音楽が単なるエンターテインメントではないことを示しています。音楽は経済成長を促し、雇用を生み出し、地域産業を世界に通用する力へと変えています。また、最も必要とされるときに人々と文化をつなぐ、最高のソフトパワーでもあります。私の役割によって、そのことに多少なりとも貢献できることにとてもわくわくしています。

この記事は、2回にわたって行われたインタビューを編集し、要約したものです。 音楽に焦点を当てたWIPOマガジンの特集号 で最新記事をすべてご覧ください。