任天堂は1990年に、全米29都市を巡る「Nintendo World Championships」を開催し、米国における『スーパーマリオブラザーズ』、『ハイウェイスター』、『テトリス』のベストプレイヤーを発掘しました。このイベントは、インターネットが実用化されていない時代にゲーマー同士を結び付ける場を提供し、何千人もの若者を集めました。
この大会は、今日ではeスポーツとして知られるものを、ある意味で暗示していました。eスポーツは世界規模で行われるイベントで、これを象徴するのは、観衆で埋め尽くされたスタジアム、数百万ドルの契約を締結するスター選手、そして、知的財産で満ち溢れたクリエイティブ産業の無形資産をフルに活用するビジネスモデルです。
eスポーツの仕組みは従来のスポーツと大差ありません。ファンは通常、配信プラットフォームを開いて、『リーグ・オブ・レジェンド』、『カウンターストライク』、『ロケットリーグ』など、市販のゲームでチームが戦う様子を観戦します。専門家・コメンテーターの解説や、実況中継が行われ、ファンを試合の展開に惹きつけます。
eスポーツワールドカップは、eスポーツ界の主力大会です。2024年大会のオンライン視聴者数は5億人を超え、260万人を超えるファンが実際に会場に足を運んだと伝えられています。2026年大会の賞金総額は過去最高の7,500万米ドルとなり、総合優勝者には700万米ドルが贈られることになっています。
選手はT1、Gen.G、DRXといったプロ組織と契約しています。こうした組織は、選手名簿の管理、スポンサーの確保、選手の肖像権の管理などを行います。
このような状況はすべて、知的財産権と契約法をバックに、ゲームのパブリッシャーが過去から現在に至るまで取り仕切ってきた業界の複雑な連携関係の上に成立しています。つまり、パブリッシャーは、多くの場合、大会主催者としての役割を直接・間接的に担い、競技の構成方法、権利の割り当ておよび収益の分配方法について、大きな影響力を行使してきたのです。
次の波をとらえる: 韓流ゲームから韓流eスポーツまで
韓国はeスポーツ界の最先端にあり、ゲーム自体とゲーム競技に関連するビジネスは、同国最大の文化輸出品となっています。韓国コンテンツ振興院 (KOCCA) のデータによると、近年、ゲームの輸出額は約86億7,000万米ドルに達し、映画やK-POPなど、他の「韓流」産業を上回る勢いをみせています。
このような経済的現実を受けて、オタク文化の片隅にあったゲームは、いまや国の経済政策や国家間での法律を巡る議論の中心に躍り出るなど、ゲームに対する見方は大きく変化しています。そして、その主役は選手たちなのです。
韓国のeスポーツ界が果たす役割は、単なるプロ選手育成の域を超え、アイドル養成の仕組みを取り入れて、K-POPにみられるようなスターを生み出しています。このプロセスでは、キャスティングや集中的なコーチング、そして世界的なプロモーションが行われます。コーチングのメニューには、高度なゲームプレイスキルだけでなく、メディア対応や国際的なマナーに関する指導も含まれます。
ただし、すべての選手がこのように育成されるわけではありません。T1、Gen.G、DRXのようなメジャーに所属するスター選手には、プロとして実力を磨いていく機会が与えられるかもしれませんが、大多数の選手は、オンラインサーバーでのプレイに加え、自身が行う日々のライブ配信やファンとの交流を通して、独力で技能を習得していくのです。
何を優先するかという課題もあります。K-POPの場合、スターの育成プログラムには、初日から歌、ダンス、メディア対応、外国語スキルといった包括的な内容がパッケージされています。eスポーツにおいては、とにかく勝つことが最優先です。選手たちのメディア戦略に関するマネジメントは、所属チームやプレイするゲームのパブリッシャーが行いますが、ゲームの中で迅速・的確に行動する能力の養成に比べれば、優先度は高いとはいえません。
LCKリーグがeスポーツ選手の保護を目的とする新基準を導入
10チームで構成されるリーグ・オブ・レジェンド・チャンピオンズ・コリア (LCK) は、韓国最高峰のプロリーグです。また、おそらく世界で最も影響力のあるeスポーツ・サーキットでもあります。同リーグは、いかなる事項も疎かにせず、ビジネスにおいて選手を最も重要な存在と位置づけています。これを実行するために、LCKでは、標準化した契約を採用するとともに、リスクを分担する体制を整備することで、チームが手にする莫大な商業的利益と選手に対する法的保護とのバランスを取っています。しかし、すべてがこのような状況であったわけではありません。
リーグ・オブ・レジェンドのバブリッシャーであるライアットゲームズ社と韓国eスポーツ協会 (KeSPA) が2019年に調査を行ったところ、法的にも政治的にも、業界を大きく揺るがしかねない事態が明らかになりました。
グリフィンは、当時どちらかといえば新興で、トップクラスにあったチームですが、未成年であったSeo “Kanavi” Jin-hyeok (ソ "Kanavi" ジンヒョク) 選手を、搾取的ともいえる内容の契約で拘束していたことが発覚したのです。同様の事例が相次いで明るみに出たことから世論の強い反感が巻き起こり、LCK側でも対応に向けて動きました。グリフィンのヘッドコーチと監督は無期限の出場停止処分となり、チームには1億ウォンの罰金が科せられました。
韓国政府もこのような事態を看過しなかったことで、eスポーツ界の制度改革への道が切り拓かれることになりました。それまでは、選手たちは練習生として不安定な立場におかれていました。例えば、チームは自らに圧倒的に有利な契約条項を盾に、選手をトレードしたり、契約期間を延長したりしていました。選手の同意なしに行われることもあったのです。グリフィン事件を通じて、eスポーツの世界にセーフティネットが存在しないことが明らかになり、業界は大きな転換点を迎えました。
グリフィン事件は、選手たちの権利擁護の先例となりました。
選手やチーム、専門家との数カ月間にわたる協議を経て、文化体育観光部から、新たな契約書のドラフトが提示されました。それは、「eスポーツ選手標準契約」、「eスポーツ練習生標準契約」、「ティーンエージのeスポーツプレイヤーに関する標準提携契約」の各契約書案でした。
標準契約に規定された新ルールにより、韓国の選手たちを取り巻く法的な曖昧さがようやく解消されました。LCKが公式に定める枠組みにおいては、ほとんどの場合、契約期間は最長で3年までとされており、チームが意のままに選手を長期契約で拘束することはもはやできなくなりました。選手との契約期間の延長や、選手をトレードに出す権限もチームにはありません。現在では、選手を他の組織に移籍させる場合、チームは、まず選手の書面による同意を得なければなりません。
また、2022年にはLCKにより、選手の保護とチームの利害の両立を図るべく、新人選手育成条項も導入されています。
eスポーツにおける紛争解決
2019年のグリフィン事件は、eスポーツにおける紛争解決の先駆けとなりました。チームのヘッドコーチと監督に対して無期限の出場停止処分を下したことで、選手の擁護者としての委員会の権限が確固たるものになりました。委員会は、行政処分や業務停止処分を下すことができますが、それは事実上、活動の機会のはく奪や、チームのライセンスの取り消しを意味します。これは、プロのゲーム業界が求めるスピード感に適う迅速な司法制度を実現するものです。
最も重要な変更点の1つは紛争解決方法に関する事項です。LCKでは、通常の訴訟やチームの裁量による解決に代えて、KeSPAの「eスポーツ公正委員会」が主管する専門仲裁プロセスへと移行しました。
同委員会は、eスポーツ業界の専門的な司法機関です。韓国では、例えば選手とチームとの間で契約を巡る対立が生じた場合、通常は、一般の裁判所に提訴されることはありません。というのは、このような訴訟には何年もの期間を要する可能性があり、加えて、担当する旧来の裁判官が、eスポーツの事情に十分に通じていない可能性もあるからです。
同委員会は、一般の裁判所に代わって紛争解決に向けた介入を行い、手始めに正式な調停を開始します (同委員会は、独自のポータルサイトを通じて、オープンな情報提供を行っています)。調停が不調に終わった場合は、拘束力のある仲裁手続に移行します。
このような方策が講じられているのは韓国だけではありません。この翌年には、世界知的所有権機関 (WIPO) とeスポーツ公正委員会 (Esports Integrity Commission、ESIC) により、ゲームとeスポーツに特化した裁判外紛争処理 (ADR) の仕組みとして「ゲーム・eスポーツ国際裁判所 (International Games and Esports Tribunal、IGET)」が設立されました。同裁判所の設立により、この分野における制度的な整備への大きな一歩を踏み出したということができます。各国の裁判所が単独で国際紛争を処理するにはしばしば困難を伴いましたが、その解決に向けた道筋が示されたのです。
2026年には、WIPOからさらに3つのガイドライン (eスポーツと知財の関係についての全般的な内容のもの、eスポーツ選手向けおよび大会主催者向けのより具体的な内容のもの) が公表されています。
eスポーツ選手の人格権の保護
韓国においてeスポーツのエコシステムを語る場合、重要なのは、単にチームの問題だけでなく、その背後にある巨大なエンターテインメント企業やテクノロジー企業の存在です。このような企業は、市場価値が事実上ゼロである若手選手に投資するという財務的なリスクを負うことになります。
その見返りとして、当該企業に対して選手との独占契約を2シーズン延長することを法的に容認するのがこの条項です。ただし、選手の給与を増額することと、最低出場時間を保証することが条件とされています。
これは、業界が直面してきた典型的な経済問題への現実的な解決策ということができます。すなわち、チームは選手が絶頂期にあるときに、それまでに行ってきた投資を保護することができ、選手の側でも、正当な報酬なしにチームに縛られることがなくなるからです。このような構造改革を経て、LCKは、単に安全を確保しただけでなく、制度的にも整備されたビジネスとして成長していく道筋を切り開いたのです。
eスポーツにおいては、活躍の場がデジタル環境内であることから、3つの知財権が複雑に交錯する体系が形成されています
eスポーツ選手の存在感が十分な程度まで高まると、積極的な関わりを求める熱心なファン層が出現し、ビジネスにおけるパブリシティ権の活用という課題が発生します。このように、肖像権やパブリシティ権の所有問題はデリケートであり、対処するのは容易ではありません。
eスポーツにおいては、活躍の場がデジタル環境内であることから、特有の問題が惹起されます。従来のスポーツとは異なり、ゲームで繰り広げられる競技は、第三者 (ゲームのパブリッシャー) が所有する仮想空間 (ゲーム) で行われます。アスリートたちは、ニュートラル・スペース (現実の空間) で、実際に呪文を唱えたり、ゴールを決めたり、弾丸を発射したりするわけではありません。著作権で保護されたソフトウェア環境の中で、アスリートの意を受けたバーチャルアバターが動き回るのです。
こうした状況から、パブリッシャーが保有するゲームエンジンとキャラクターの著作権、選手が保有するパブリシティ権、そしてチームが保有する商用ライセンスという3つの知的財産権が交じり合う、複雑な体系が形成されます。
韓国では、法律上、肖像権は本来的に個人に帰属します。同時に、LCKとの契約は、チームに対して、商業利用に関する独占的ライセンスを事実上ほぼ許諾するものです。
Lee “Faker” Sang-hyeok (イ "Faker" サンヒョク) 選手は、これまでで最も成功を収めたeスポーツ選手の1人です。同選手の肖像権を不正利用から保護することは、法律によってeスポーツ選手の人格権を保護する画期的な事例となっています。
2025年5月、韓国の大統領候補が、「Faker」選手のトレードマークである「シーッ」と唇に人差し指を当てるポーズを真似た写真を公表したのです。これが知れるとすぐに、Faker選手所属の強豪チームT1から、同選手が政治的な支持の表明には関与していないとする声明が発表されました。
T1は、「Faker選手の肖像やこれにちなんだ表現が曲解されたり、誤解を招いたりしないよう願っている」とソーシャルメディアに投稿しています。このケースから、韓国では、超一流のeスポーツ選手がVIP並みの地位を獲得しているという事実をうかがい知ることができます。
選手に対する保護は、ゲームの世界のスキンから、現実世界の広告板まで、あらゆるプラットフォームに及びます。法律の面でも重要な変化が見られます。業界は、単にソフトウェアのライセンス供与を行うだけでなく、プロ選手の人格権を保護する方向に転換しているのです。
eスポーツの新たな将来像
eスポーツ選手の人格の保護は、韓国だけの懸念事項ではありません。他の国々でも、数億人単位の視聴者を抱えるこのマーケットを対象とする法整備に取り組んでいます。
1990年に「Nintendo World Championships」の第1回大会が開催されたときの優勝賞金は1万米ドルでした。それ以来、私たちは長足の進歩を遂げてきたといえるでしょう。米国内の29都市を巡回するツアーに始まったeスポーツは、今や、知的財産をフルに活用した数十億ドル規模のグローバル産業へと発展を遂げました。こうした発展の足取りから、ゲームとそれを駆使するプロのプレイヤーの双方が高度な無形資産であり、将来にわたってその繁栄を確保していくためには、国際協調の下で、この分野に特化した強固な法的枠組みが必要とされるという事実を改めて認識することができます。
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最も安全な解決策は、法律専門家に相談して、自身の権利について理解するとともに、コンテンツを保護するための最善の方法を認識することです。
チームの一員になる
チームへの参加要請を受けた場合は、後になって不愉快な思いをせずに済むよう、契約内容をよく理解しておきます。
著者について
Juan Sebastián Raigoso氏は、テクノロジー・ガバナンスと文化・公共政策を専門とする知的財産弁護士です。同氏は、世界知的所有権機関 (WIPO) が支援するプログラムの下で、韓国開発研究院 (KDI: Korea Development Institute) 国際政策大学院の知的財産開発政策修士課程 (MIPD) などの高等教育の学位を受けています。
eスポーツの関連情報は、WIPOホームページ上の「知財とeスポーツの特設ページ」をご覧ください。
知財とスポーツに関するより詳細な情報は、WIPOマガジン「知財とスポーツ」特集号をご覧ください。