データ: 世界経済を変革する原動力

2022年3月

James Nurton氏、フリーランス・ライター

データには、革新的な製品やサービスを生み出し、社会をより良くし、健康や環境の課題に取り組む力がありますが、データから価値を引き出すことと、知的財産権などの権利を保護することのバランスを取るには何が必要でしょうか。

今朝、朝食に何を食べましたか? 身長は何センチですか? あなたの車のタイヤ空気圧はどれくらいですか? 最後にオンラインで買い物をしたのはいつですか? あなたの遺伝子情報はどのようなものですか? データは私たちの生活のあらゆる側面に存在し、ここ数年、データを保存し分析する能力は飛躍的に向上しました。その結果、データの価値をどう評価するか、その価値をどうやって引き出し安全に共有するか、どのような権利を認識し保護する必要があるか、といった複雑な問題が提起されています。

こうした問題は、2021年9月に開催された「知的財産と先端技術に関するWIPO対話」(WIPO Conversation on IP and Frontier Technologies) の第4回セッション (初日2日目) で取り上げられました。先端技術には、人工知能 (AI) 、ブロックチェーン、モノのインターネット、ロボット工学などが含まれ、その市場規模は2025年までに3.2兆米ドルに達すると見込まれます。

知的財産と先端技術に関するWIPO対話」の第4回セッションは、「データ – 高度に相互接続された世界でAIを超えて」と題して2021年9月に開催され、知的財産とデータの相互作用について議論が行われました。(写真: WIPO)

セッションには130か国から1,600人以上が参加登録しました。5時間に及ぶ議論は、データの保護と規制、AIにおけるデータの役割、アクセスとコントロールのバランスなど多岐にわたり、研究やビジネスにおけるデータの利用例が紹介されました。例えば、AIを利用した音楽制作や、養蜂箱でのミツバチの行動監視 (「Uncanny Valley社: 音楽の創造性の新時代を切り拓く」とBeewise社: 常識にとらわれない発想で世界のミツバチを救う」をご覧ください) などです。

開会にあたり、WIPOのダレン・タン事務局長は、新型コロナウイルスのパンデミックによりデジタル化が加速していると指摘し、2023年までにモノのインターネットに接続される機器は430億台に達する見込みで、5G契約者数は1日に100万人を超えるペースで増加していると述べました。タン事務局長は「デジタル化が未来の経済のエンジンであるならば、データはその燃料です」と述べ、世界の人口の60%がインターネットを使用していることに言及しました。「接続性の拡大とそれに伴うデータの流れが、先端技術の発達を促進しています。このように相互接続された世界では、データの性質と価値を理解することが極めて重要です」

WIPOのダレン・タン事務局長 (上) は、2021年9月に開催された第4回「知的財産と先端技術に関するWIPO対話」で、「デジタル化が未来の経済のエンジンであるならば、データはその燃料です」と述べました。(写真: WIPO / Berrod)

データの価値

今回のセッションの最初のパネル「データ – 高度に相互接続された世界でAIを超えて」(“Data, beyond AI in a fully interconnected world”) のモデレーターを務めた世界銀行のDean Jolliffe氏から、データが持つ力について興味深い例が紹介されました。1999年、サイクロンBOB 06がインドのオディシャ州に壊滅的被害を与え、1万人近い人々が犠牲になりました。これを受けて、同州の災害管理当局は気象データの収集、評価、分析を行いました。2013年にほぼ同じ規模のサイクロンがオディシャ州を襲った際は、100万人を超える人々が避難し、数千の命が救われました。

オディシャ州の事例は、何年もかけて収集・追跡したデータでも、厳密に適用すればデータの価値は高められることを示しているとJolliffe氏は述べました。「データの相互運用性とアクセスを改善したデータシステムを構築し、その分析結果をタイムリーに分かりやすく伝達できるようにしたことで、データは非常に貴重なものとなりました」

高性能の機器やセンサーが普及したことで、データはビジネスと社会のあらゆる側面を変革させることができます。しかし、アラブ首長国連邦のドバイ未来財団 (Dubai Future Foundation) でシニア・リサーチアナリストを務めるAruba Khalid氏は、「データの価値は、データに基づく洞察に大きく左右され、そうした洞察が適用される規模にもある程度影響されます」と述べました。

Khalid氏は、データを業務の合理化とコスト効率の改善に利用できると指摘しました (例えば、航空機メーカーのエアバス社は、設計・技術データを共有することで、サプライヤーの納期を数週間からわずか数時間に短縮しました) 。データを利用することで、個々の顧客のニーズに合った製品を開発して新しいビジネスを実現することもできます (アマゾン、ネットフリックス、フェイスブックなど) 。また、データは想像もできなかったような全く新しいセクターやビジネス (衛星情報からのデータを利用する全ての産業、精密医療の新領域など) を生み出す可能性もあります。

高性能の機器やセンサーが普及したことで、データはビジネスと社会のあらゆる側面を変革することができます。(写真: metamorworks / iStock / Getty Images)

金銭的価値と社会的価値

上記の例が示すように、革新的な製品は多くの場合、複数の情報源のデータを組み合わせる必要があり、壁を作ることで価値の実現が阻止される可能性があります。英国ケンブリッジ大学、ベネット公共政策研究所のDiane Coyle教授は、データの共有が必要であるだけでなく、一部のデータを自由に利用できるようにするべきという意見もあると述べました。データには金銭的価値だけでなく社会的価値もあり、後者は数値化することが困難で、民間投資を呼び込むことができない可能性があります。そうした理由から、各国政府は国家統計などのデータを公共財として長い間提供してきました。「政策介入がより良い結果をもたらすこともあるでしょう。民間企業や個人では把握できない社会的価値があると考えられます」とCoyle教授は述べました。

他のスピーカーも同意しました。ケニアのストラスモア大学、知的財産情報技術法センター (Centre for Intellectual Property and Information Technology Law) のCaroline Wanjiru Muchiri氏は、それぞれの国に影響を及ぼしている背景を重視しました。例えばアフリカの一部の国では、公共サービスの提供はデータへのアクセスに左右されますが、宗教団体や人道支援機関などの組織が重要データを大量に保有しています。一部の国では植民地時代の組織が今でも一定の役割を果たしており、女性に関するデータの不足といった結果を招いています。

データは蓄積されることで価値が高まるため、慶応大学総合政策学部の國領二郎教授は、所有に対するアプローチとしては、私有財産権に基づく西洋的なアプローチより、アジアで生まれた善意の原則 (principles of benevolence) のほうが適切ではないかと問題提起しました。この理論では、データは個人ではなく社会全体に属するとの解釈が最も適切と考えられ、「個人の権利や自主性より調和と尊重が重視されます」と同教授は述べました。あるいは、元のデータ提供者に対する忠誠心など、第三の方法が見つかるかもしれません。「私たちはデジタル経済の倫理観のあり方について考える必要があります」と國領教授は述べました。

構造化と相互運用性

膨大な量のデータ (「ビッグデータ」) を蓄積する能力は、デジタル・フットプリントの拡大に起因しています。この能力は、機器の相互接続性とストレージ価格の低下によって向上しており、今後さらに加速する可能性があります。WIPOのタン事務局長は、世界の全てのデータの90%は過去2年間に作られたもので、日々生成されるデータは大英図書館で保存されているデータの2,500倍に上ると述べました。しかし、この大量のデータには、関連データの特定、相互運用性の向上、公平性と包括性の確保、共有における非効率性の低減など、独自の課題があります。

膨大な量のデータ (「ビッグデータ」) を蓄積する能力は、デジタル・フットプリントの拡大に起因しています。この能力は、機器の相互接続性とストレージ価格の低下によって向上しており、今後さらに加速する可能性があります。(写真: sefa ozel / E+ / Getty Images)

文脈が重要であるとCoyl教授は指摘しました。「私の体温は、母集団の平均値が分からなければ有益な情報になりません」医療データは、病気を診断または予測する上で非常に有効かもしれませんが、それは他の情報と結びついた時だけです。一部のデータは利用後も価値が維持されますが、交通量や気象などのデータは急速に価値が低下します。

データを詳細に理解し、異なる文脈を考慮に入れるには、構造化データを作成する必要があります。構造化データは、価値を失うことなく転送することができ、相互運用性を高める手段となるでしょう。シンガポールにあるシンガポール経営大学のKung-Chung Liu法学部教授は自身のスピーチの中で、データ取引 (国境を越える取引を含む) を促進するために、データ・フォーマットの統一規格を提唱しました。

医療データは、病気を診断または予測する上で非常に有効かもしれませんが、それは他の情報と結びついた時だけです。一部のデータは利用後も価値が維持されますが、交通量や気象などのデータは急速に価値が低下します

規制マトリックス

データの共有と取引に関する議論は、データをどのように定義し、分類し、規制するかという困難な問題を提起します。この議論には、安全性、倫理、プライバシー、所有などの問題が絡んでおり、地域および国レベルの複雑な取り決めがこれらに対処しています。問題の多くは、基本的権利にも関係しています。

例えばプライバシーの権利は、特に機密データや個人データと関係があります。インターネットの発達により、プライバシーの保護は法的に大きな注目を集めています。その一例がEU一般データ保護規則 (GDPR) です。 セキュリティ侵害、機密保持の尊重、個人データの制御不能が懸念される中、プライバシーの権利は引き続き多くの立法者にとって優先事項となっています。

データの共有と取引に関する議論は、データをどのように定義し、分類し、規制するかという困難な問題を提起します

しかし、プライバシーを重視しすぎると、「データが有効活用されない可能性が高まります」とCoyle教授は指摘し、他のスピーカーもこの懸念を共有しました。このジレンマに対する解決策を見つける必要があります。例えば、データの使用を特定の目的に限ること、全てのデータ使用に同意を得ることを義務付けること、公平性や尊厳などの原則を定めることが考えられます。あるいは、データを提供する個人に対する誠実義務を課すことも考えられるでしょう。どのような解決策であれ、データを追跡できるようにし、データの信頼性を確保する必要があります。

個人、企業、政府がこうした問題に取り組む際には、一歩下がってデータ利用を促進する価値について検討することが重要です。国連教育科学文化機関 (UNESCO) で生命倫理・科学倫理のチーフを務めるDafna Feinholz氏は自身のスピーチで次のように述べました。「法は成文化された倫理であり、AI技術は価値中立的ではありません」

2021年11月のUNESCO総会で、複数のステークホルダーによる協議プロセスと加盟国からの意見をもとに、AI倫理勧告 (Recommendation on the Ethics of Artificial Intelligence) が採択されました。この勧告には、「AI技術の開発および利用は、信頼できる科学研究と倫理的な分析および評価を指針とする」ことを確保するための10の原則が含まれています。この勧告はデータのプライバシー、共有、ガバナンスも対象とし、データに関する議論を継続するためのテンプレートの提供を約束しています。

データの共有と取引に関する議論は、データをどのように定義し、分類し、規制するかという困難な問題を提起します。データの大半は、現行の知的財産制度などの既存の規制の枠組みにうまく適合しません。(写真: utah778 / iStock / Getty Images Plus)

知的財産権はどのような位置を占めるのか

データの大半は、現行の知的財産制度などの既存の規制の枠組みにうまく当てはまりません。国際知的財産保護協会 (AIPPI) のBret Hrivnak氏は、知的財産権は「思考の創造活動」は保護するが、データの大半は創造活動ではないと述べました。特許は、データの利用プロセスやデータの生成方法を保護することはできますが、データ自体は保護できません。一方、著作権によってデータの一部のタイプは保護される可能性がありますが、通常は構造と創作性がある場合のみです。「こうした知的財産権には限界があり、代替となるのが営業秘密と契約法です」とHrivnak氏は述べました。

ブラジルのKasznar LeonardosのシニアパートナーであるElisabeth Kasznar Fekete氏は、営業秘密はデータを保護する「柔軟なシステム」を提供すると述べ、データの所有権とライセンス供与、権利の調整を規定する「より精緻な契約」が見られようになったと指摘しました。「データの所有者とライセンス契約に関心を持つ人との間で、統合的なシステムとモデルの構築が必要です」と同氏は述べました。「知的財産は日々行われているビジネスに対応する必要があります」

データは、知的財産制度に複雑な問題を提起しています。知的財産は、データベース権などを通じて、データ生成に投資するインセンティブとなる可能性がありますが、テキストおよびデータマイニングを制限する規定によって、データへのアクセスを阻害する可能性もあります

EUでは1996年以降、データベース製作への投資に報いるための特別な保護がありますが、データベースを構成するデータの収集・編集には多額の投資が必要です。「データベースの保護は、データマイニングを通じてAIが生み出したデータを法的に保護する役割を果たせるでしょうか。AIシステムが行う処理は、データの作成でしょうか、それともデータの取得でしょうか」とキプロス大学の私法・商法のTatiana Eleni Synodinou准教授は問題提起し、「この種のデータベースが法律で保護されるかどうかは不明です」と述べました。

データマイニングは大量のデータを抽出するプロセスですが、特に、関連するデータが著作権で保護されている、または保護される可能性がある場合、議論の余地のあるいくつかの問題を提起します。日本を初めとする一部の国では、AI開発を推進するために、テキストおよびデータマイニングについて著作権の例外を広く認めています。しかし、米国の著作権法では、データマイニングが認められるか否かは一般的なフェア・ユースによる例外の問題に該当します。EUでは、テキストおよびデータマイニングに関して調査目的のマイニングを認める規定が実施されています。ただし、商業利用と非商業利用の区別が、不確実性につながる可能性があります。スイス、バーゼルのLenz Caemmererのパートナー、Carlo Scollo Lavizzari氏は「読書の未来はマイニングであり、マイニングの未来はマイニングする価値のあるコンテンツです」と述べました。

結論:  知的財産の文脈で

さまざまな議論を通じて、データに関する問題が多岐にわたり複雑であることが示されました。セッションの最後に、世界各国のステークホルダーから、知的財産制度はデータ主導のイノベーション、テキストおよびデータマイニング、透明性と信頼の必要性をどのように支援できるか、競合する利害をどのように適切にバランスさせるかなど、多くのトピックに関する発言がありました。こうした問題の広範な影響と、多くの人々が抱いている真の懸念が明らかになりました。

さまざまな見解は、データが知的財産制度にとって複雑な問題を提示していることを示すものでした。知的財産は、データベース権などを通じて、データ生成に投資するインセンティブとなる可能性がありますが、テキストおよびデータマイニングを制限する規定によってデータへのアクセスを阻害する可能性もあります。

今回のWIPO対話は、知的財産が果たす重要な役割と共に、データ規制で考慮すべき他の検討事項を浮き彫りにしました。WIPOのマンデートは、バランスの取れた効果的な知的財産制度の構築と直接関係していますが、その他のあらゆる側面にも留意し、これらの問題に対して一貫性と整合性のあるアプローチを取る必要があります。

WIPO対話について

WIPO対話は、先端技術と知的財産に関する主要なグローバル・フォーラムです。世界中から多様な声を集め、情報とアイデアの交換を通じて、先端技術が知的財産に提起する問題への認識を高めることを目指し、情報に基づく政策決定を支援することを目的としています。

WIPO対話のセッションは、年に3回まで開催されます。セッションには誰でも参加することができます。バーチャル形式で開催されるため、あらゆる地域から参加できます。ディスカッションの記録と要約、その他の情報資料はWIPOのウェブサイトでご覧いただけます。WIPO対話の次回のセッションは、先端技術を利用した知的財産管理の向上をテーマに、2022年4月5~6日に開催される予定です。 参加登録受付中

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