中小企業が市場に参入するために必要な知的財産の実用的な検討事項

2021年3月

Audrey Yap、国際ライセンス協会 (LESI)会長(シンガポール)

中小企業が進化や革新を続ける中、知的財産(IP)を十分に活用できるか否かが多くの国や産業の経済的発展の鍵となるでしょう。

LESIのAudrey Yap会長 「企業がアイデアを成功裏に市場に投入するために必要な支援を得る主な方法は知的財産権のポートフォリオを構築することです。」(写真: mustbeyou / Alamy Stock Photo)

昨今は、新型コロナウイルス感染症拡大が及ぼす影響を抜きに経済を語ることはできません。特に、中小企業をはじめとする多くの企業が新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けており、とりわけ、物理的交流や旅行を伴う分野の中小企業に大打撃となっています。殆どの国で、中小企業は経済に大きく貢献しています。世界的に見ても、中小企業は全企業の90%を占め、世界の雇用の70%以上を創出しています。従って、中小企業を理解し、支援することは非常に重要です。

デジタル化の加速

LESIのAudrey Yap会長 「コロナ後の世界でも企
業はデジタル技術関連のビジネスモデルに投資を
優先的に配分していくため、IPは今後も重要なも
のであり続けるでしょう。」(写真: LESI提供)

国際ライセンス協会が発行するles Nouvellesの 2021 年2月号に掲載されたOcean Tomo社の最近の調査によれば、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で世界経済のデジタル化が加速しています。多くの国において、ロックダウン中に遠隔医療、リモートワーク、リモート学習の利用が日常的に行われるようになりました。

オンラインショッピングが爆発的に増えたほか、リモートワークは「ニューノーマル(新たな日常)」となっており、Zoom、 Skype、 WebEx、 WeChat、 DingTalkなど、オンライン会議サービスの需要を加速させています。これらの動きは、知的財産の重要性を強調しています。知的財産制度に組み込まれたインセンティブのおかげで、私たちはこのようなテクノロジーにアクセスし、お互いにつながり合うことができているのです。

知的財産の商業化も視野に

コロナ後の世界でも引き続き、企業がデジタル技術関連の投資を優先的に行うため、知的財産は今後も重要な課題であり続けるでしょう。世界経済における市場価値の源泉が有形資産から無形資産に置き換わってきていますが、今後も無形資産の増加が経済的な逆転現象を促進し続けるでしょう。Ocean Tomo社は、無形資産は今や全事業価値の90%に上ると試算しています。

中小企業は創造的で革新的ですが、その多くが、知的財産権のポートフォリオを構築して自社の収益や富を創出するアイデアの保護を忘れがちです。

WIPOが今年の「世界知的所有権の日」のテーマとして「知的財産と中小企業:あなたのアイデアで新しい事業を(IP and SMEs: Taking your ideas to market)」を選んだのは時宜にかなっています。中小企業は、アイデアを製品やサービスに変えていく過程で育成されて支援されれば、より強い、回復力を持った企業に生まれ変わることができます。

ライセンス協会(Licensing Executives Society (LES)) は50年以上にわたって知財の商業化を行ってきました。研修、教育、ベストプラクティスの共有、そして特に世界における知的財産の取引件数を増やすことでLESは発展してきました。私は90ヵ国に33の地域協会を持つ国際ライセンス協会LES International(LESI))の会長を務めさせて頂くことができ、光栄に思います。

中小企業に知的財産のさらなる活用を奨励

製品やIP資産を市場に投入する際に無数の課題が出てくるため、まとまりがあり、よく整備されたエコシステムが必要です。WIPOはその活動を通じて影響を及ぼすことができる立場にあり、LESIはWIPOと共にその目標の達成に取組んでいます。

しかし、実際に目標を達成するためには、知的財産権が中小企業の事業の利害を左右するということを、世界の中小企業に理解してもらう必要があります。中小企業は創造的で革新的ですが、その多くが、知的財産権のポートフォリオを構築して自社の収益や富を創出するアイデアの保護を忘れがちです。

知的財産権には異なる分野の法律が絡み、それらが発明や創作物の様々な側面を法的に保護しています。例えば、特許は革新的技術を保護し、商標は(商品やサービスの)生産者の名声や信用、アイデンティティを保護するとともに、消費者が品質に信頼を持てるようにします。中小企業は、知的財産権の役割を理解し、知的財産権を活用することが事業目標の達成にどのように役立つか理解する必要があります。

実りある知的財産権のポートフォリオを構築するには、先見の明と入念な計画が必要です。木に果実が実るようにするには早いうちから種まきをする必要があります。

知的財産についての視点

知的財産権は法的に推進されるものであり、国家、地域、国際レベルにおける強力な法的インフラの存在なしには機能しません。しかし、知的財産権が保護する知的資産は紛れもなく人が主体であり、知の創造物全てを対象とします。

LESIのAudrey Yap会長 「今日のように競争がし烈なグローバル市場において、画期的の発明や便利な製品の開発だけでは不十分です。企業は自社が持つ知的財産の価値を理解し、それをどのように売り、価格設定をどのようにするかを理解する必要があります」(写真: Asia File / Alamy Stock Photo)

技術や知的資産の潜在的な価値は、人を中心に据えた視点があってこそ完全に実現するものだと指摘する専門家もいます(Thomas Bereute 他著「イネーブラーとしての人(People as Enablers)」les Nouvelles2020年6月号 pdf)。Bereute氏たちは、人的要因の管理こそが、イノベーションや知的財産を駆使した商取引を通じた価値を実現すると指摘します。なぜか。それは、事業経営者や意思決定者、知的財産の管理者がプロセス全体を通じて互いに支え合い、補完し合うためです。だからこそ、中小企業は以下の点に目を向ける必要があります。

  • 知的財産とは何かを理解し、保有している知的財産を把握し、知的財産権のポートフォリオの成長を促進すること
  • 従業員を早い段階から、かつ、できれば公平に参加させること
  • 知的資産を知的財産権で保護し、知的財産を活用した商業取引のための強固な基礎を築くこと

実りある知的財産権のポートフォリオを構築するには、先見の明と入念な計画が必要です。

商業化とは、「知的財産で魅力的」になる方法を知っているということ

今日のように競争がし烈なグローバル市場において、画期的な発明や便利な製品を開発するだけでは不十分です。企業は、自社が持つ知的財産の価値を理解し、それをどのように売り、価格設定をどのようにするかを理解する必要があります。

初期のコンピュータの開発に携わり、マウスを発明したことでも知られるDouglas C Engelbart氏は、市場を理解し、製品をいつどこで提供するか見極める重要性を次のように説いています。

「スタンフォード研究所は、コンピュータのマウスの特許を取得しましたが、彼らはその価値を全く理解していませんでした。数年後、私は彼らがアップル社に4万ドル程度でマウスをライセンスしたことを知りました。」

スタンフォード研究所が発明品の商業的な可能性をしっかりと理解していれば、アップル社からより多額の金額を引き出すことができていたでしょう。

重要な第一歩:IP資産のポートフォリオを構築すること

興味深いことに、アイデアを成功裏に市場に投入するために必要な支援を得る主な方法は、知的財産権のポートフォリオを構築することです。そもそも、企業が知的財産権を所有していなければ、投資家やライセンシーを惹きつけることはできないでしょう。例えば、投資家は投資に見合うリターンを求めますし、経験豊富なライセンシーであれば、無料でコピーや複製ができるものにお金を払おうとは思わないでしょう。

(写真: wnjay_wootthisak /iStock / Getty Images Plus)

知的財産を商業化する際、知的財産権の出願は、あくまでも重要なステップの一つに過ぎないということを念頭に置くことが重要です。商業化は特許や商標を取得すること以上に重要です。だからこそ、中小企業は知的財産管理システムを導入し、時には知的財産ポートフォリオの評価をしつつ、一貫性のある知財戦略を構築することが重要です。

他社から技術をライセンスする場合、特に予算に制約がある場合、中小企業はライセンスあるいは取得する技術について明確に理解しておくことが肝心です。

知的財産を活用してイノベーションの溝を埋める

市場に参入する際にはパートナーがいた方が良いでしょう。市場にはたくさんの商機があります。その商機をうまく掴むには、他社と協力して技術的な問題を解決し、イノベーションの溝を埋めることが重要です。

 

例えば、他社とのコラボレーションや、クロスライセンシング等を通じて積極的に技術交換を行うことで、企業は事業を拡大できるでしょう。中には、オープン・イノベーションの価値を疑問視する声もあるかもしれませんが、企業が成長するために必要としている新たな知的財産のエコシステムにおいて、オープン・イノベーションは役割を果たしています。起業家がどのようにしてオープン・イノベーションを活用するかが、アイデアを市場に投入する際に必要となる重要な知財戦略の一部です。

知的財産についてより統合的なアプローチを取れば成果が出ます

起業家は、よく「市場投入までの時間」や技術開発の速さを気にして、製品やサービスを迅速に開発しようとします。

急速なイノベーションの必要性をより深く理解することで、中小企業はより統合的なアプローチを取ることができ、市場での地位を維持し、勝ち抜くために必要な技術へのアクセスを確保することができるでしょう。

このような状況下、自社製品開発の推進や、既存のIP資産の収益化のために、他社とライセンス契約を交わして他社技術を借りてくるべきか否かが、戦略上重要な意思決定になります。アップルやフェイスブック、グーグル等の大企業はそのような意思決定を行っています。中小企業の経営者も他社技術をライセンスするかを考える必要があるでしょう。また、他社から技術をライセンスする場合、特に予算に制約がある場合、中小企業はライセンスあるいは取得した技術について明確に理解しておくことが肝心です。

技術移転に再び脚光

新型コロナウイルス感染症拡大による注目すべき結果の一つに、世界中の政府、特に研究開発能力に制約がある政府が自国企業のために技術移転を推奨し始めていることが挙げられます。

Pedro Roffe氏は「技術移転:UNCTADの行動規範」(Transfer of Technology: UNCTAD’s Code of Conduct (International Lawyer Vol 19. No. pp 689-707)において技術移転を次のように定義しています。

製品の製造、プロセス適用サービスの提供のために体系的知識を移転すること。単なる商品の販売やリースは除外される。」(下線部は筆者が加筆)

多くの国が現在、国内の能力形成、事業成長促進、経済回復支援のために何をライセンスすべきか真剣に検討しています。

WIPOが各国の知的財産庁や利害関係者と継続的に関わりを持ち、イノベーションや知的財産のエコシステム強化に取り組んでいることは、非常に重要であり称賛に値します。

イノベーション能力を高めるシンガポールの取り組み

私はシンガポール在住ですが、私が理事を務めるシンガポール知的財産庁(IPOS)は技術移転に非常に真剣に取り組んでいます。シンガポール政府は国家基本計画の中でシンガポールをアジアにおける世界的な知的財産の中枢(Global IP Hub in Asia) pdfにすることや国家としてイノベーション能力を高めることを目標に据えており、技術移転はその中核を占めます。シンガポールはイノベーション・エコシステムを作り上げるために多額の投資を行っており、そのため、WIPOのグローバル・イノベーション・インデックスやブルームバーグの指数を含む様々な独立したイノベーション指数で常に上位にランク入りしています。

これらのランキングは、技術的な変化と経済的なインパクトの相関関係を示しています。しかし、イノベーションで大きな前進が見られているとは言え、シンガポールや他国でも、技術移転に関する複雑な側面を理解して吸収する能力の点などでは課題が残ります。従って、これらの課題に効果的に取り組むために政策を継続して実行していくことが重要です。そうすることで、研究開発やイノベーション、技術移転への投資が経済的・社会的価値の創出を確実にしてくれるでしょう。

主要産業において、特に中小企業をはじめとする国内企業を強くすることが、各国にとって極めて重要です。

中小企業は自社の知的財産の取り組みを主導できる

中小企業は、技術移転をする方法を理解している専門家の協力を得ることで費用対効果を高めることができます。また、公的資金で運営されている研究機関や大学、中小企業団体、または知的財産をグローバルに展開させるために企業に研修や訓練を行っているLESIのような団体のネットワークに加入すれば中小企業にも役立つでしょう。

主要産業において、特に中小企業をはじめとする国内企業を強くすることが、各国にとって極めて重要です。中小企業に、自らが作り出す知的財産の本質的な価値を理解してもらい、そして、それらを保護して効果的に管理・活用することで収益を創出したり事業を拡大したりすることの重要性を理解してもらうことは大切であり、世界的に継続すべき取り組みです。

WIPO Magazineは知的財産権およびWIPOの活動への一般の理解を広めることを意図しているもので、WIPOの公的文書ではありません。本書で用いられている表記および記述は、国・領土・地域もしくは当局の法的地位、または国・地域の境界に関してWIPOの見解を示すものではありません。本書は、WIPO加盟国またはWIPO事務局の見解を反映するものではありません。特定の企業またはメーカーの製品に関する記述は、記述されていない類似企業または製品に優先して、WIPOがそれらを推奨していることを意図するものではありません。