Kylian Mbappé (キリアン・エムバペ)、Michael Jordan (マイケル・ジョーダン)、Usain Bolt (ウサイン・ボルト) といったアスリートは、それぞれの競技の枠を超えて、何十年にもわたる世界的なアイコンとなっています。腕を組んで両手を脇の下に挟み込むエムバペ。世界新記録を次々と塗り替えたボルトお決まりのパフォーマンス「ライトニング・ボルト」。そして、空中高く舞い上がったジョーダンが決めるダンクシュート。3人のアスリートは、すぐにそれと分かるような代名詞的なパフォーマンス動作を生み出してきました。こうした動作は、自身のアイデンティティと密接に結びついて、各人を象徴する表現としての役割を果たしています。
アスリート自身が、文化的なブランドと位置づけられることがしばしばあります。アスリートたちは、こうした機会を目敏く捉え、自らの商業的価値を最大限に活用しようとしています。このような場面で、商標法はこれまで以上に大きな役割を果たすようになっています。今日、商標の出願者が保護が求めるのは、名称やロゴだけではありません。特徴的なパフォーマンスや一連の動作についても、積極的に保護を求めています。しかし、個人の挙動のみならず、その肖像までもが、人工知能 (AI) を利用して複製や改ざんが行われ、商業化されている今日でも、商標法は、権利を保護する手段として有効に機能するのでしょうか。
特徴的なポーズを商標記号に変換
商標法の枠組みにおいて「動き商標」(motion marks) を検討する場合、これは図形商標とは別物だと理解するのがよいでしょう。というのは、動きを保護する方法が両者間で根本的に異なるからです。
「動き商標」は、時間の経過に伴う動きを描写するフレームの定義付けられた列の連続を保存するものです。欧州連合知的財産庁 (EUIPO) ではこのようなアプローチが取られており、画像と音声を組み合わせた短いアニメーション動画「Super Simon (スーパーサイモン)」にも商標登録が認められています。これ以外にも、動く要素や位置的な変化を描写した映像・音声 (オーディオビジュアル) ファイルを通じて表現するマルチメディア商標や動き商標も登録されています。
このような事例において、保護対象となるのは単一の画像ではなく、連続する動き、つまり時間とともに展開していく動きの振り付けそのものに及びます。ただし、そのような標章の商業的出所 (commercial origin) を示さなければなりません。
一方、図形商標では、動きは抽象化され、単一で固定的なものとして表現されます。動きそのものを保護するというより、動きから引き出される様式化された視覚的表現 (すなわちアスリートのパーソナリティを具体化できるような表現) を確保しようとします。
マイケル・ジョーダンのトレードマークである「ジャンプマン」のシルエット、ボルトの「ライトニング・ボルト」のセレブレーション、そしてエムバペの腕を組んだポーズを思い浮かべてみてください。いずれの場合も、保護されるのは一連の流れとしての動きではなく、そこから抽出される単一で様式化されたポーズです。
このように相違点はあるものの、出所を明示するという本質的な機能において、この2種類の商標には共通するものがあります。そこには、アスリートの身体的な動きが商業的な識別要素として機能し得るという認識が反映されているのです。
こうした展開は、従前のロゴの枠を超えて、身体的な動きやアイデンティティなど、非伝統的な分野にまで商標保護の対象が拡大されたことに伴うものであり、スポーツブランディングの進展がもたらした当然の帰結ということができます。
デジタル環境においては、アスリートの印象が重要な商業資産となることから、商標の保護はとりわけ大きな意味を持っています。
スポーツ競技を具現化
マイケル・ジョーダンは、アスリートの身体の動きを商業的なシンボルに変換した先駆者の1人です。ナイキが所有する「ジャンプマン」の商標は、1989年に米国でフットウェアとアパレル商品に対して登録されました。このマークは、バスケットボール界のレジェンドであるジョーダンの功績を象徴するだけでなく、その類まれな才能をより幅広く想起させるものでもあります。ここでは、空中で繰り広げられるダンクという競技動作を抽象化し、シルエットで端的に表現しています。
1人のアスリートのパフォーマンスに始まり、マイケル・ジョーダンというスポーツ選手の人物像と結びついた商業的シンボルとして、何度でも再生できる形へと姿を変えたわけです。このシンボルは、ジョーダンが築き上げてきた商業的な成功を今日でも支えています。ナイキの「エアジョーダン」シリーズでの採用は、それを象徴的に示す事例といえるでしょう。
両手を斜めに構え、空に向かって弓を引く「ライトニング・ボルト」は、ジャマイカの陸上選手ウサイン・ボルトが勝利の後に見せるパフォーマンス動作です。ボルトが本領を発揮するようになった2000年代後半に、この象徴的なパフォーマンスは瞬く間に有名になりました。ボルトは早い段階から、これを保護しようと考えていました。
このポーズを商標として初めて登録したのは2009年のことでした。使用実績がない不使用を理由に2017年に登録が失効すると、2022年には、衣類、バッグ、宝飾品、サングラスなど幅広い商品での活用を目指して新たに出願を行いました。かつては観客に向けたパフォーマンスであった勝利のポーズは、今やライセンスで保護された商業的な識別手段となっているのです。
同じ理屈は、フランスのサッカー選手エムバペがゴールを決めた後に見せる腕組みのパフォーマンス動作にも当てはまります。これは2018年にEUで商標登録され、衣料品、フットウェア、テキスタイルなどに、幅広く使用されています。
エムバペは、自分自身のポーズを様式化したイメージを商標として登録することで、競技中に生まれたジェスチャーをより広範な商業ポートフォリオの一部として活用できるようにしたわけです。
ボルトの勝利のポーズ、ジョーダンの空中シルエット、エムバペの腕を組んだポーズは、本質的には商品 (特に、ジャージ、シューズ、その他のアパレルなど) のブランド化や販売目的で利用される識別手段としての商標ですが、今日では、アスリートが繰り出す表現から象徴的な瞬間を切り取って提示する役割も果たしています。
このように、スポーツ選手たちは、ブランド商品のライセンス供与を行う目的だけでなく、自らのパーソナリティに基づいた保護を強化する目的でも、商標法を活用しています。それは、個人のアイデンティティと一体化している特徴的な動作を、自身で的確に管理できるようにしておくということです。
合成メディアが商標に及ぼす影響
デジタル環境において合成メディアの影響が強まるにつれ、商標法の屋台骨はますます揺らいでいます。人間の動きの特徴を模倣できる生成AIシステムにより、誰のものであるかすぐに分かるポーズや、喜びを全身で表すパフォーマンス動作を、本人の同意を得ることなく、第三者が再現したり、それと極めて似通った形で表現したりすることが可能になりました。
従来の偽造とは異なり、AIで複製を行う場合は、特定の既存のロゴや録音を複写する必要はありません。生成AIシステムに映像・音声データを学習させると、特定の映像を複製しなくても、アスリート特有の喜びのポーズを模倣することができます。
例えば、広く公開されている映像を学習した生成AIシステムは、特定の記録映像を再現することなく、ボルトの「決めのポーズ」の1カットを、それとは別の場面で生成するかもしれません。
結果として得られる映像は、既存の映像を直接コピーしたものではなく、人工的に制作されたものです。にもかかわらず、視聴者には、このアスリートに関連するものとして認識される可能性があります。
このような合成メディアは、アイデンティティよりも、「見ればそれと分かる」(認識) という点で商業的に力を持っています。しかし、商標の基本原則は、依然として「取引上の使用 (use in the course of trade)」や「混同のおそれ (likelihood of confusion)」といった概念を中心に構成されています。アスリートのポーズが人工的に生成され、一見したところでは非商業的な環境下で瞬時に拡散された後に、広告収入、ブランドとの関連づけ、プラットフォームでの露出などを通じて間接的に収益化されるようになると、このような概念を適用するのは、さらに困難になります。
たとえ最終的には明確な経済的価値が引き出される場合であっても、このように拡散されてしまうと、いつ、誰によって、その標章に係る「取引上の使用」が行われたのかを特定することは容易ではありません。
AIの出現が投げかける根本的な問題
取引上の使用の問題に加え、合成メディアは、商標間の類似性の判定も複雑化させています。合成メディアによる出力結果では、喜びを表す特徴的なポーズが、1コマごとに複製することなく、再現される可能性があります。
例えば、ジョーダンの動きの映像を学習させたAI技術を使用して、第三者が、その開脚ジャンプのシルエットを近似的に再現し、機能的には「ジャンプマン」の商標と同じながらも、全くの複製とはいえない画像を生成するかもしれません。
このことは、商標権に関して根本的な疑問を投げかけています。それは、商標権の侵害に関する判断を下す場合、技術的な比較に基づくべきか、選手のポーズが与える全体的印象によるべきか、それとも両者を考慮して判断すべきか、ということです。発想 (インスピレーション) と盗用 (アプロプリエーション) との境界は、ますます曖昧になってきています。
こうした問題は今に始まったものではありません。AIの出現以前から、商標法の世界では、全く同一ではないものの全体的に類似した印象を与える標章に起因する権利の侵害が認識されていました。例えば、ジョーダンに紐づけられる「ジャンプマン」ロゴに似た手描きのシルエットは、状況によっては、混同や連想の問題を引き起こすおそれがあります。
しかし、合成メディアの登場により、事態は一層深刻になっています。少しずつ変化していく選手の挙動を数多くの画像で迅速に表現できるようになったため、該当する「標章」の範囲を定めること、そして、従来型の比較の枠組みを一貫して適用していくことがさらに困難になったからです。
パーソナリティの構成要素を保護する目的で商標法を適用するに当たっての限界も、合成メディアの登場によって明らかになりました。エムバペのような特徴的なパフォーマンスを無断でデジタル複製した場合、商標権侵害、不正競争、肖像権・パブリシティ権侵害の訴えを同時並行的に提起される可能性がありますが、根拠となる論理は、それぞれで異なっています。商標保護は、商業的出所を示す標章の保護に限定されており、個人のアイデンティティを管理するための一般的な制度として構想されたものではありません。
これが意味するのは、商業上の独占権の問題だけではありません。AIで生成されたコンテンツによって、アスリートの特徴を成すパフォーマンス動作が偽の推薦広告 (なりすまし広告) に組み込まれるようになれば、問題は、商標の希釈化ではなく、当該アスリートの名を語った虚偽表示問題へと発展することになります。
例えば、ボルトの勝利パフォーマンスやジョーダンの「ジャンプマン」シルエットを合成した映像が広告に使用されれば、実際には存在しない商業的な関係性を疑われることになりかねません。その結果、既存のスポンサー契約が損なわれ、さらには、こうした関係に敏感な市場でのアスリートの評判にも悪影響が及ぶリスクがあります。このようなコンテンツが大量に作成され、共有されるデジタル環境において、「動き商標」は、商標法の柔軟性を示すと同時に、個人のアイデンティティの複製方法を規制する目的で適用する場合の限界を示すものでもあるのです。
このような状況に対処するのに、商標法だけでは力不足かもしれません。商標法では、商業的出所の特定に重点が置かれています。それゆえ、人物像の無断利用によって生じ得る損害を捕捉する手段としては、完全とはいえません。
パーソナリティ (人格) に基づく権利が認められている場所では、そちらの方がこの問題により適切に対処することができます。単に出所を示す標章としての機能の保護にとどまらず、アイデンティティ自体の商業的な価値を保護することができるためです。
パーソナリティ権を商標保護と組み合わせて行使すれば、標章だけでなく、その背後にある人物像をも人工的に合成して盗用しようとする動きに対して、より一貫性のある対応ができるようになります。
商標保護の守備範囲を再検討
スポーツブランディングの分野における幅広い変革を受けて、動き商標も進化しています。つまり、動きそのものが商業的資産となったのです。ボルト、ジョーダン、エムバペの例が示すように、競技の中で生まれたパフォーマンス動作は、独占的な標章として活用することができます。しかる後に、これを世界市場でライセンス供与したり、この権利を行使したりできるようになります。
このような変化に対応して、商標法による保護対象も、名称やロゴのみならず、アイデンティティを具現化した表現にまで拡大されています。
それでも、合成メディアの台頭によって、商標法による保護をどの程度まで拡大できるのかが問われています。アスリートの象徴的な動きを、本人の関与なしに生成や改ざんを行い、収益化できる状況において、標章とペルソナ (人物像) との境界線はますます曖昧になります。商標法は重要な手段ではありますが、デジタル・アイデンティティを包括的に規制するための制度として構想されたわけではありません。
難しいのは、どの程度であれば適正な保護水準といえるかの見定めです。選手を象徴する特徴的な身体の動きを保護するには、十分な実効性を確保する必要があります。しかし、それと同時に、過大な保護を講じる結果、人間の表現的な行動が私的独占の手段として濫用されないようにしなければなりません。
今日のデジタル時代において、動き商標の成否は、どこまでが商標保護の守備範囲で、どこからパーソナリティ権の出番となるのか、柔軟に、しかしより明確な形で示すことにかかっています。
著者について: Nedim Malovic氏は、ASSA ABLOY社の商標・知的財産担当顧問であり、スウェーデン偽造防止グループ (SACG) の理事を務めています。知財分野に精通したコメンテーターであり、知財専門のブログであるIPKatに、著作権法や商標法の動向についての解説を数年間にわたって寄稿しています。また、『知的財産法と実務ジャーナル (Journal of Intellectual Property Law and Practice)』 (オックスフォード大学出版局) などの学術誌にも論文を発表しているほか、2024年のEUIPO知的財産判例会議 (Case Law Conference) や合成メディアに関するWIPO AI対話 (WIPO AI Conversation on synthetic media) などでの講演も積極的に行っています。