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アーティストグッズ: ミュージシャンがブランディングを成功させる新たな鍵

著者: James Nurton (フリーランス・ライター)

2025/06/05

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Taylor Swiftの記録破りのツアーから、Rihannaが築き上げた数十億ドル規模の巨大企業「Fenty」に至るまで、トップミュージシャンはマーチャンダイジングを駆使して、時にはストリーミング収益を超える収入を生み出しています。音楽におけるマーチャンダイジングの現状はどうなっているのでしょうか。

好きなミュージシャンの演奏をライブで観るのは最高で、ライブファンも増えているようです。Taylor Swiftが最近行ったコンサートツアー「Eras Tour」の観客動員数は1,000万人を超え、20億米ドルを超える史上最高の興行収入を記録しています。一方、15年前に解散した英国のロックバンドOasisは最近になって、2025年の7~8月に一連のコンサートを行うと発表しました。チケットは瞬時に完売となりました。

ライブイベントの人気は、ファンがミュージシャンやバンドとのつながりに価値を置いていることを示すものです。多くのファンにとって、記念品やグッズの購入は、憧れのアーティストとの関係を継続し、一体感を獲得する手段となっているのです。

レコード販売やストリーミングのロイヤルティからのリターンが限られていることを考えると、今日のスターの多くにとって、グッズ販売は一層大きな意味を持つようになっています。MIDiAが最近公表したレポートによると、世界のマーチャンダイジング市場は2030年までに163億米ドルに成長すると予測されています。

ミュージシャンは、自らの名前や、関連する知的財産の権利を完全に掌握できていなければなりません。

「ミュージシャンは、マーチャンダイジングによって、自身の知的財産のメリットを最大限に引き出すことができます。収入源の多角化とブランドの拡大を果たせるだけでなく、より多様な方法でファンとつながることができるようになります」と、英国ブルネル大学ロンドン校の准教授で知的財産法の教鞭をとるHayleigh Bosher氏は述べています。

ただし、マーチャンダイジング戦略で成功を収めるためには、商標や意匠などの知的財産権の慎重な管理に加え、ライセンスや契約を巡って、第三者と交渉することが必要になります。

ヒップホップグッズ: ブランディングの革命

1960年代以降にギグ (単発で行われるライブ演奏) やレコードショップに行ったことがある人ならば誰でも、Tシャツやポスターからキーホルダーや玩具に至るまで、パフォーマーやバンドのファン向けに販売されるさまざまなグッズに馴染みがあることでしょう。

しかし、音楽の世界では、マーチャンダイジングがより大きな役割を一貫して担ってきたジャンルも存在します。カリフォルニア州ロサンゼルスのサウスウェスタンロースクールのKevin Greene教授は、1980年代以降のヒップホップ・アーティストにとって、マーチャンダイジングは、とりわけ重要であったと言います。

Greene教授は最近、「Goodbye Copyright? The Rise of Trademark and Rights of Publicity in the Hip-Hop Music Industry (著作権は過去の遺物か? -ヒップホップ音楽業界における商標権とパブリシティ権の台頭)」と題する記事を執筆していますが、WIPOマガジンの取材に対して、「無力なコミュニティの多くにとって、音楽業界はとてもひどい環境でした。しかし、ヒップホップは、その文化とともに、インナーシティの厳しい環境下で奮闘する精神を世にもたらしたのです」と説いています。

ブラックのストライプが付いたデザインの、履き古した白い「アディダス・スーパースター」スニーカーが、「RUN DMC」と「Adidas Originals」のタグを付けて、ターンテーブルに展示されています。ヒップホップグループRun DMCの結成40周年を祝うポップアップイベントおよびアートインスタレーションの一部。
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伝説的ヒップホップグループRun DMCの結成40周年を記念して、2023年8月にニューヨークで、「RUN DMC×アディダス・オリジナルス」のポップアップイベントやアートインスタレーションが開催されました。

Greene教授によれば、知的財産は多国籍企業の利益となるだけで、アフリカ系米国人の音楽クリエイターにとっては伝統的に悪影響をもたらすものでした。というのは、サンプリングのテクニックのようなものは容認されず、アフリカ系米国人の作品に対しては著作権も適切に認識されることがなかったからです。しかし、1986年になって、Run DMCがヒップホップバンドとして初めて大手スポーツブランドと提携し、「My Adidas」という曲を発売したことで「扉が打ち破られた」と同教授は言います。

Run DMCの後を追って、DrakeとTravis Scott (ともにNike)、Jay-Z (Puma)、Cardi B (Reebok) などのアーティストがこうした動きを受け継いでいます。同教授によれば、当初からブランディング契約を締結するのは、今日では「マスト」になっています。

著名人の衣料品ブランドとファッションのコラボ

自分自身のファッションレーベルを所有するミュージシャンや、高級ブランドでデザイナーとして活躍しているミュージシャンもいます。2017年に「Fenty Beauty」ブランドを立ち上げたRihannaもその1人で、2019年から2021年の間は、LVMHの出資を得てファッションブランド「Fenty」を主導しました。また、2014年からは、Pumaとのコラボによる「Fenty X Puma」ブランドも展開しています。Rihannaの推定資産額は14億米ドルとみられていますが、これは主に「Fenty Beauty」をはじめとするビジネスベンチャーから得られたものです。

ミュージシャンにとって、独自の商業ブランドを立ち上げ、自らの権利を完全に掌握して創造の自由を確保するか、それともライセンシーと協力していくかの決定はとても重要です。

米国のミュージシャン、Pharrell Williamsは、ルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任しています。2025年1月、Williamsと日本人DJでデザイナーでもあるNIGOは、パリファッションウィークでメンズストリートウェアのコレクションを発表し、絶賛されました。

ただし、お金を生み出すのはファッションだけではありません。例えば、ラッパーのMegan Thee Stallionは、Nike、Revlon、Cash App、Popeyesと契約を結んでいます。また、Dr Dreは2014年に、自身のヘッドフォン会社Beats by DreをAppleに30億米ドルで売却しています。

アーティストのブランドを商標で保護するには

マーチャンダイジングを成功させることで、特に幅広いファン層を持つ名の通ったミュージシャンであれば、莫大な収益を得られるかもしれません。しかし、そのためにはいくつかの障害を克服しなければなりません。

1. ステージネーム (活動名) の管理

何よりもまず、ミュージシャンは、自らの名前や、関連する知的財産 (ロゴ、画像など) の権利を完全に掌握できていなければなりません。K-POPを例にとってみれば、G-DRAGONやiKONなどのシンガーやバンドとエージェントとの間で、名前の所有権を巡る紛争がいくつか発生しています。

バンドを巡る紛争は、新メンバーの迎え入れや、メンバーの脱退の際に発生しがちです。1970年代の英国のバンドで、ヒット曲「Sugar Baby Love」で知られるRubettesでは、その元メンバーの1人が英国とEUで出願した「Rubettes」の名称での商標登録を巡って、法廷闘争に発展しました。英国での商標登録は、高等裁判所の判決で最終的に無効となり、EUでの商標登録は撤回されました。

2. すべての商品やサービスに関する商標保護

2つ目の重要なポイントは、商標登録で、関連性のあるすべての国 (法域) とすべてのグッズやサービス (商品・役務) が網羅されるよう、商標保護を徹底することです。現在130か国をカバーしているマドリッド制度は、この点で非常に貴重なツールであるといえるでしょう。商標出願では、将来計画されている商品も網羅しておく必要があります。その際には、商標の利用を示すための猶予期間を考慮に入れる必要があります。

3. 著名人のファッションと商品デザインの保護

第3に、意匠登録やパブリシティ権 (該当する場合) など、商標以外の知的財産権が関係してくる場合があります。ファッションや家具などの世界では、意匠権が重要な位置を占めます。しかし、メディアでの注目度が高いミュージシャンにとって、新規性の要件と、早すぎる公開のタイミングにより意匠が無効になるリスクには特に留意が必要です。

RihannaのFentyシューズを巡るPuma対Forever 21事件

このようなリスクが表面化した最近の事例として、靴の登録共同体意匠 (Registered Community Design: RCD) を巡ってPumaがEU一般裁判所に提訴した事案 (Case T-647/22) があります。RCDは、EU全域を対象とする統一的な工業意匠権です。2025年5月以降、EU意匠規則 (EU Design Regulation: EUDR) の改正に伴い、すべての共同体意匠はEU意匠 (European Union Designs: EUD) に改名されました。

Puma対Forever 21事件において、裁判所は、2014年12月に歌手のRihannaが自身のInstagramなどに投稿した写真上で公開したデザインを根拠として、その意匠に独自性は認められないとする認定を支持する判断を下しました。

裁判所は、Rihannaが2014年12月時点 (RCD申請出願の18か月以上前) において世界的に知られるポップスターであったことを踏まえ、そのファンとファッション部門のスペシャリストの双方が、���女がPumaと契約を締結した当日履いていた靴に特別な関心を抱いていたと指摘しました。

裁判記録には、「そうであれば、2014年12月の時点で、Rihannaの音楽や、服装も含めて彼女自身に興味を持っていた人々の少なからぬ割合が、懸案の写真を詳らかに見て、履いていた靴の外観上の特徴を識別しようとしていたとの見方をとることは極めて合理的であると認められる。したがって、先行意匠の特徴が認識されている」と記されています。

Pumaは欧州司法裁判所に控訴したものの棄却され (Case C-355/24 P)、本件はこれで結審となりました。

独自ブランドを開発するか、著名人として「お墨付き」を与えるか - ミュージシャンが直面するジレンマ

知的財産の管理と保護は容易なことではありません。ですからミュージシャンは、独自ブランドを開発することで自らの知財を完全に掌握し、創造の自由を確保するか、それとも、ライセンシーと協力する道を選ぶかの選択を迫られることになります。後者の場合、初期費用を抑えることはできますが、知財のコントロールの一部を他者に委ねることになり、得られる収益も他者と分け合うことになります。

いずれの道を選択する場合であっても、アーティストがグッズの売り上げから得られる収入を正当に受け取れるようにすることが重要だとブルネル大学のBosher准教授は指摘しています。同氏はまた、アーティストよりも会場側の方が、ギグでのグッズ販売収益の取り分が多い事例も見てきたと言います。手数料の設定が不合理なことがその理由です。

非公式グッズに対する商標権の行使

マーチャンダイジングから得られるメリットは莫大ですが、訴訟などの大きなリスクもあります。マーチャンダイジングを計画する際には、他者の知的財産権の侵害とならないよう注意を払う必要があります。進出を計画する製品ラインに、既に確立されたブランドが存在する可能性がある場合は、特に留意しなければなりません。

ミュージシャンは、自らの権利を行使するために訴訟を提起する必要に迫られることもあります。Rihannaは2013年、彼女の写真がプリントされたTシャツの販売を巡って、英国の小売業者Top Shopを提訴しました。控訴院は、このTシャツがRihanna公認であるかのような誤解を一部の消費者に与えた可能性があるとして、詐称通用 (passing off) を認めた第一審の判断を支持しました。

2016年、Run DMCは米国で、同バンドの名前を冠したグッズが無許可で販売されたとして、ウォルマート、アマゾンその他の小売業者に対し、5,000万米ドルの損害賠償を求める訴訟を提起しました。また、ヒップホップグループWu-Tang ClanのラッパーRZAも、海賊版製品の販売を巡って、オンラインマーケットプレイスを提訴したと報じられています。

著名人による「お墨付き」の失敗事例

場合によっては、露出過多や非常識な行為がダメージを与え、最終的にはグッズの取引が中止されることもあります。

露出過多の危険性を示す一例として、ラッパーのMC Hammerのケースがあります。「1990年代の初頭には、MC Hammerの姿を目にしない日はないほどでした」とGreene教授は言います。この時期には、Taco Bell、ペプシ、KFCの公認スターとして起用されたほか、テレビアニメ番組「Hammerman」にも主役として登場していました。しかし、やがてその信用は失墜し、皆から罵倒されるまでになってしまいました。「飽和状態に陥ったこと、そして莫大な浪費に苦しめられていました」とGreene教授は記しています。

同教授は一方で、不適切な振る舞いの「教訓的な事例」として、米国のラッパー、Kanye Westの経験を取り上げています。その反ユダヤ主義的なコメントを問題視して、アディダスは2024年、10年間に及んだKanye Westとのコラボを解消し、すべてのYeezyフットウェアから撤退しました。2021年に、自身のフェスで10人が亡くなる事故を起こしたTravis Scottも、その後数百万ドル規模の取引を失ったラッパーの1人です。

アートとコマースのバランスを取る

純粋なロックンロール信奉者のなかには、音楽におけるマーチャンダイジングの台頭を潔しとしない向きもあるかもしれません。また、Princeのように、商業的な取引を拒否したミュージシャンの存在もよく知られるところです。そうは言っても、ミュージシャンのキャリアは短く、突然終わりを迎えることも少なくありあません。マーチャンダイジングは、このような世界において、強力で収益性の高い手段として期待が寄せられています。

Greene教授は、著名人がリードする今日の文化において、スーパースターであるミュージシャンはソーシャルメディアのインフルエンサーでもあり、そのブランドは商標と著作権に依存しているとみています。

Bosher准教授は、ミュージシャンとしての理想は、自分の音楽活動だけで十分な収入を得られることであり、マーチャンダイジングは、収益源の多角化というよりもファンとのつながりを強化する手段として利用するというのが、本来的には望ましい姿であると言っています。しかし、現実はその通りではありません。

同氏は、「慎重に考え抜かれたグッズは、好きな音楽とファンとを橋渡しする素晴らしい手段となり得ます」と言います。「また、グッズの収益が確実にアーティストの手に渡るのであれば、ファンが懇意のアーティストをサポートするための素晴らしい方法でもあります。残念ながら、いつもその通りになっているわけではありません。」

ミュージシャンやバンドは、自らの楽曲に対する著作権を所有するだけでなく、自身の名前やロゴを商標として保護することもあります。そうすることで、アーティストは、記念品やマーチャンダイジングを通じてファンと交流することができるのです。ファン層が拡大するにつれて、その名称とロゴの使用に係る排他的権利を確保するために、商標の保護が役に立つようになります。音楽作品に関連する商標およびすべての知的財産権の詳細についてはこちら、またはWIPO Magazineの特集「音楽と知財」をご覧ください。