(写真: Alamy Stock Photo/Eric Carr氏提供)

AIミュージックは音楽業界にとってナップスター級の衝撃となるのか?

著者: María L. Vázquez (アルゼンチン、サン・アンドレス大学法学部長)

2025/10/02

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「すべてを手に入れるが、なにも所有しない」と、かつてナップスターは標榜していました。今日の生成AIモデルは「すべてをスクレイピング (収集) するが、なにもクレジットしない」と言っているように思えます。それでも、より公平な枠組みが生まれる可能性はまだある、とMaría L. Vázquez教授は指摘しています。ハーバード大学で法学を修めたVázquez教授は、1990年代にヴァージン・ミュージックに勤務し、初期のファイル共有が合法的なストリーミングプラットフォームの誕生につながった経緯を目撃しました。Vázquez教授はWIPOマガジンで、過去の混乱から私たちが学ぶべき著作権についての教訓を考察しています。

1990年代、ロンドンにあるヴァージン・ミュージックの若手社内弁護士として、私は音楽業界の最盛期をその最前線で目の当たりにしました。ケンサル・ハウスにあるオフィスは活気に満ちており、ヴァージン・ミュージックのレコードレーベルはほぼ毎週のように録音契約や出版契約を次々と結んでいました。ヴァージンは1991年にローリング・ストーンズと4500万ドルの契約を交わしたことで有名ですが、これはレコード売上でその額を回収できるという自信の表れであったと言えます。しかし当時、音楽業界はかつてない混乱の瀬戸際に立たされていました。

1999年にナップスターが登場し、音楽の消費方法に革命を巻き起こしました。ピアツーピア (P2P) のファイル共有プラットフォームにより、ユーザーはデジタル音楽ファイルを直接交換できるようになったのです。初めて、インターネットに接続すれば誰でも瞬時に、手間なく、無料で音楽にアクセスできるようになったことで、音楽業界のビジネスモデル全体が脅かされる事態となりました。レコードやCDの売上が急落する一方、ファイル共有サービスは急成長を遂げました。

アメリカレコード協会 (RIAA) は当初、デジタル海賊版に対しては、個人ユーザーを相手取って 数千件の訴訟を起こすなどの法的戦略で臨みました。最もよく知られている事例のひとつが、Jammie Thomas-Rassetの事件です。被告は、ファイル共有サービス「Kazaa (カザー)」により、著作権保護された24の楽曲を違法にダウンロードし、共有したとして、22万2,000ドルの賠償金支払いを命じられました。

しかし、音楽業界は違法ダウンロードを阻止することができませんでした。ナップスターは2001年に閉鎖されるまでにユーザー数が8000万人に達していました。これまでに録音されたほぼすべての楽曲がオンライン上で入手可能となりましたが、さらに重要なのは、消費者がこの新しい音楽へのアクセス方法に慣れてしまったことです。

種が生き延びるために適応しなければならないように、産業も生き延びるために適応しなければならない。

ナップスターが閉鎖されたのと同じ年に、アップルがiPodの販売とiTunes Storeサービスを開始したのは、画期的な出来事でした。ライセンスを取得したデジタル楽曲を1曲99セントで提供することで、アップルのサービスは、消費者がユーザーフレンドリーなプラットフォームを通じて手頃な価格で提供されるのであれば、オンライン上の音楽にお金を出す用意があることを実証しました。

ジーンズと黒いセーターの前で左手に初代iPodを持つ人。デバイスの小さなモノクロ画面には、プレイリスト、アーティスト、アルバムなどのメニューオプションが表示され、その下に円形のクリックホイールを備える。
(写真: Alamy Stock Photo/Chris Willson氏提供)
2001年に発売が開始された初代iPod

これにより、次世代の大きな変化であるストリーミングの基盤が築かれました。2008年に登場したSpotifyなどのプラットフォームは、所有権を必要としない定額制のサブスクリプションモデルにより、ユーザーに膨大な音楽ライブラリへのアクセスを提供しました。

このときの変化に音楽業界は逆らおうとしませんでした。多くのレコード会社は当初、CDなどの物理フォーマットに固執していましたが、時とともにストリーミングを受け入れるようになりました。今日、ストリーミングが業界収益の大部分を牽引していることは、進化論の明確な教訓を物語るものと言えます。すなわち、種が生き延びるために適応しなければならないように、産業も生き延びるために適応しなければならないということです。

AIの到来

時は2022年11月30日に飛びます。OpenAIのChatGPTのリリースは、20年ほど前にナップスターが引き起こしたのと同じようなパニックを音楽業界に引き起こしました。しかし今回は、さらに深刻なものでした。

初期の「クリエイティブAI」企業の一部は2010年代を通じてデータをライセンス供与していましたが、倫理的なAI企業の多くが現在もそれを続けています。しかし、他の多くの商用生成AI企業は、自社のシステム開発を急ぐあまり、その出所をほとんど追跡することもなく、著作権や関連する権利の対象となる作品を含む膨大な量のデータをスクレイピングし、自社モデルのトレーニングに使用していました。音楽分野において、このことは楽曲や録音、合成ビート、歌詞、コード進行、音楽パターンなどについて既存のものが使用されていることを意味します。

おそらくこれは、デジタル版のゴールドラッシュであったと言ってよいでしょう。まず収集し、後で確認する、というものです。しかし、データ収集があまりにも大規模であるため、元のクリエイターを特定し、クレジットを表記することはほとんど不可能であり、当然のことながら、報酬の支払いもまったく行われていませんでした。これにより、生成AI企業とコンテンツ所有者の間で対立が深刻化しました。

ナップスターが音楽の流通・販売方法を根底から覆したように、AIが生成する楽曲、トラック、ディープフェイクパフォーマンスは、音楽の創作と著作権の基盤そのものを脅かしています。どちらの場合も、クリエイティブ業界は反発し、作品の無断使用や知的財産権の侵害に対して懸念を表明しています。

これらの訴訟の核心には、AI トレーニングが著作物の公正使用に該当するかどうかという問題があります。

ナップスターが登場したときと同様、たちまち訴訟が相次ぐ事態となりました。2023年4月にリリースされた「Heart on My Sleeve」は、DrakeとThe Weekndの声を無断でディープフェイクした楽曲に注目が集まり、業界全体に警鐘を鳴らすものとなりました。これには多くの苦情が寄せられ、リリース直後にプラットフォームから削除されましたが、その影響は今もなお続いています。

2024年4月、Billie Eilish、Nicki Minaj、Pearl Jamをはじめとする著名なミュージシャンやアーティストらが連名で公開書簡を発表し、無責任な AIトレーニングを人間の創造性に対する直接的な攻撃であると非難しました。その後、2024年6月、RIAAは、ユニバーサルミュージックグループ、ソニーミュージックエンタテインメント、ワーナーレコードが、AIスタートアップ企業のSunoとUdioを、著作権で保護されたコンテンツを自社モデルのトレーニングに使用したとして提訴したことを発表しました

ナップスター創設者Shawn Fanning氏が、オンライン・エンターテインメントに関する米国上院公聴会の聴衆席に座っている。彼は中央にフォーカスされ、ダークスーツとネクタイを着用しており、周囲の人々はぼかされているか、目を閉じたりうつむいたりしている。
Alamy Stock Photo/ZUMA Press
ナップスター創設者Shawn Fanning氏 (中央)、2001年ワシントンD.C.でのオンライン・エンターテインメントに関する米国上院公聴会にて。

これらの訴訟の核心には、AIトレーニングが著作物の公正使用に該当するかどうかという根本的な問題があります。テック大手企業は、AIトレーニングを人間が本を読む行為にたとえて、公正使用に該当すると主張しています。しかし、米国など英米法諸国とは異なり、ほとんどの大陸法諸国では、無断使用が許されるごく限られた例外的なケースを限定的に列挙した「クローズドリスト」が採用されています。それでも、 ニューヨークタイムズ対OpenAIをはじめとする米国の重要な訴訟の判決や、音楽レーベルがAIミュージック企業を提訴した訴訟の判決は、全世界的に影響を及ぼし、おそらく世界中のライセンス契約や業界基準に変化をもたらすでしょう。

しかし、こうした法的な争いが繰り広げられる一方で、音楽業界はストリーム配信プラットフォームを最終的に受け入れるかたちで別の道を探っています。一部のアーティストや音楽関係者は、AIの台頭を阻止しようとするのではなく、AIを活用して利益を上げる方法を模索しています。

AI時代の生存戦略: 訴訟か、ライセンス供与か、それとも立法か?

2023年4月、歌手のGrimes は、彼女の声を「AIによって生成された楽曲」に使用した場合、著作権使用料の50%をクリエイターに分配すると発表しました フィナンシャル・タイムズ は2024年6月、ソニー、ワーナー、ユニバーサルなどの企業が、グーグル傘下のYouTubeと、AIトレーニングを目的とする自社カタログのライセンス供与について交渉中であると報じました。その見返りとして、多額の一括支払いが検討されているとのことです。さらに2025年6月、 ブルームバーグ は、一部のレコード会社がSunoとUdioとの和解交渉を進めていると報じました。これは、これまで一貫してAIトレーニングデータのライセンス供与を続け、今後もその方針を継続する予定の企業にとって、大きな不満材料とされています

ナップスターが無断で行ったピアツーピアのファイル共有は、合法的なプラットフォームの登場に道を開くものでした。しかし、現在の生成AIにおける著作物の使用は規制されておらず、AIトレーニングにおいて、クレジット表記や報酬の支払いを通じてクリエイターを尊重するような大規模な合法的枠組みがどのような形で確立されるのかが、いまだ明らかとなっていません。

「すべてを手に入れるが、なにも所有しない」と、かつてナップスターは標榜していました。今日の生成AIモデルは「すべてをスクレイピング (収集) するが、なにもクレジットしない」と言っているように思えます。その違いは、規模とトレーサビリティにあります。ナップスターはまだ個々の楽曲を識別してアクセスできるようにしていましたし、Spotifyは楽曲の発見可能性を高めていますが、AIトレーニングによってそれらは不可視化されています。

この「不可視化」、–より正確に言えば、「発見可能性」–が担保されているかどうかの問題は重要です。Spotify のようなプラットフォームには毎日何万もの新しい楽曲がアップロードされていますが、こうしたサービスは依然として楽曲の発見可能性は担保されており、アーティストがファン層を広げるのを手助けしています。生成 AIは音楽制作をかつてない規模に発展させましたが、アーティストの個性がAIトレーニングの過程で失われてしまうおそれがあります。

AI システムがクリエイターとの真のパートナーシップを構築することを目指すのであれば、人間のアーティストを見つけやすくし、その存在感と競争力が維持できるようにテクノロジーを活用すべきです。アーティストは、自分の作品が誰のものかが明確に示され、その功績が認められる場合、AI トレーニング用データベースへの参加を喜んで受け入れるようになるでしょう。

集中管理団体 (CMO) は、会員を代表して生成AI企業と行う交渉において重要な役割を果たすことができます。

AI企業にクレジット表記を期待するだけでなく、このような自主的ライセンスを交渉するクリエイターは、自分の作品に対する一定の管理権を保持し、公正な報酬が支払われることも期待しています。理想的な世界では、こうしたライセンスはクリエイターの権利を尊重し、創造性を高める一方、AI開発者は法的不安を抱えることなくコンテンツにアクセスできるようになります。しかし、AIモデルを訓練するために必要なデータの規模が膨大であり、標準化された枠組みや協力メカニズムが欠如している現状では、データスクレイピングに使用されるすべての作品について自主的ライセンスを確保することは、事実上不可能のように思われます。

したがって、集中管理団体 (CMO) は、会員を代表して生成AI企業と行う交渉において重要な役割を果たすことができます。一部のCMOが会員のデータ精度を向上するためにすでに採用しているブロックチェーン技術は、トレーニングデータを監視し、ライセンス供与を効率化し、公正な報酬の支払いを支援する可能性が評価されています

自主的ライセンスは引き続き進展していますが、時間のかかる複雑なプロセスに完全に依存することを避けたければ、機械学習のための法定ライセンスが別の選択肢となり得るという学者の意見も一部にあります。法定ライセンスは、保護された作品へのアクセス基準を定めることで、取引コストの削減、法的透明性の確保、公正な報酬の保証を可能にするかもしれません。しかし、権利者やクリエイターからの反対もあり、あらゆるケースを網羅する「包括的な」解決策は、AIのイノベーションを促進しつつ、人間の著作者が果たす重要な役割を保護するよう慎重にバランスをとることが求められます。

いずれにせよ、私たちは過去の教訓から学ぶべきです。音楽業界にとっての課題は、イノベーションに抵抗することを避けつつ、創造性を尊重し、才能に報い、アーティストとテクノロジーの間に信頼関係を築くような形でイノベーションを進めていくことです。

そして、現在のAIシステムを支えるステークホルダーたちは、自らの技術的知識を駆使すれば、自らが生み出したこの難題を解決することができるかもしれません。具体的には、透明性、公平性、エンパワーメントに配慮するかたちで自身の作品がAIトレーニングに使用されることをアーティストが理解し、管理し、ライセンスを供与するためのツールを開発することです。ナップスターの混乱が最終的にiTunesやSpotifyのようなモデルを生み出したように、長い目で見て成功を収めるには、クリエイターの権利を尊重する思慮深い対応ができるかどうかが鍵となります。Otis Reddingの言葉を借りれば、すべてのアーティストが求めているのは「自分の作品を少しでも尊重してほしい」ということなのです。

著者について

Professor María L. Vázquez教授は、アルゼンチンのブエノスアイレスにあるサン・アンドレス大学 (UdeSA) で法学部長を勤めています。また、UdeSA-WIPO共同修士課程 (知的財産権とイノベーション) のディレクターおよびUdeSA地域センター (知的財産権とイノベーション) のディレクターも務めています。ハーバード大学法科大学院を卒業後、ロンドンでヴァージン・ミュージック、ニューヨークでEMIレコードに勤務し、その後ブエノスアイレスのMarval O’Farrell & Mairalでパートナーとして勤務しました。

免責事項: WIPOマガジンは、知的財産及びWIPOの活動に関する一般の理解を深めることを目的として提供されるものであり、WIPOの公式文書ではありません。本稿に記載されている見解は著者の個人的なものであり、WIPO又はWIPO加盟国の見解を反映したものではありません。