特許権者と、5GやWi-Fiなどの技術標準の実施者とは、相互依存関係にあります。両者は、それぞれがライセンサーとライセンシーの立場にあります。しかし、紛争の場に持ち込まれると、両者のいずれもが、不当な扱いを受けていると感じることがあります。それぞれの当事者は、自分があたかもスヌーピーのようだと考える傾向があります。つまり、相手の友情 (FRANDship) は、自分の考えるものとはずいぶん異なると感じているのです。
標準化の進展は世界的な要請となっています。技術標準は、さまざまな企業から供給される多種多様な製品やサービスの安全性と相互運用性を確保するために重要です。換言すれば、標準化を進めることによって、さまざまなデバイスが連携して動作し、相互に通信し、外部の機器に接続できるようになります。さらに、型式やメーカーに関係なく、同一のプラットフォームで、安全に動作できるようになります。
3Gや4Gなど、さまざまな世代の移動通信技術についてもう一度よく思い返してみてください。また、BluetoothやUSB、Wi-Fiなどの主要な接続規格について、よく考えてみてください。このような技術が標準化されていなければ、スマートフォンなどのデバイスを同じネットワーク上で動作させたり、相互に同期して機能させたりすることなど、メーカーには到底実現し難かったのではないでしょうか。
技術が標準化されていなければ、スマートフォンなどのデバイスを同じネットワーク上で動作させたり、相互に同期して機能させたりすることなど、メーカーには到底実現し難かったのではないでしょうか。
このように標準化されたプラットフォームのそれぞれは、技術を収斂させたことによる大きな成果であるといえます。そして、その成果を確実に手にするためには、多くの知的財産 (IP) 取引を必要とします。その証拠に、一見したところ単一の規格のようであっても、実際には、広範な特許とステークホルダーが関係しているのです。スヌーピーについては、のちほど改めて振り返ることにして、次にSEPのライフサイクルについて考察することにしましょう。
第1フェーズ: 標準化
標準化団体 (Standard-setting organization: SSO) は、参加メンバーが共同して標準を策定し、技術仕様に同意することを可能にします。このような環境が整備されることで、世界中で適用可能な標準を早急に策定することができるのです。そして、標準が策定されることで、消費者は、自分が使う機器が基本要件通りに動作しない、またはそれらが連携しないといった問題に悩まされることがなくなります。
これらがすべて整えば、競争的な市場の基礎が築かれます。なぜなら消費者は、製品がそもそも機能するのか、また、互換性があるのかなどといった要因に煩わされることなく、価格、追加機能、デザインなどから判断して購買決定を下せるようになるからです。この観点からすれば、標準化団体において競合他社が協力し合っていることは成功事例とみなすことができるかもしれません。こうした状況が高度なイノベーションを可能にし、歴史上で最も広範に採用されている技術のいくつかが生み出されてきたのです。
そこには必然的に緊張関係が生じます。標準化は、幅広く普及すれば成功したといえるのに対し、特許制度の目的は、イノベーショ��を排他的に評価することにあるからです。
ここでは一例として、画像圧縮と接続規格を挙げることにします。例えば、MPEG規格の高解像度テレビで映画を視聴することや、スマートフォンをBluetoothで車に接続することができます。一方、第5世代の移動通信ネットワークは、航空から医療技術まで、さまざまな業界で新たな機会を生み出し続けています。さらに、リアルタイムの仮想現実や拡張現実、マシンツーマシンなどのコミュニケーションが、多種多様な製品で実現しています。製品の増加は、実施者の増加を意味します。その結果、SEPライセンシー候補も増加します。
しかし、標準の策定には、特有の困難が伴います。業界関係者は、自社の作業場や研究室で開発されたソリューションを含めるよう提案します。当然ながら、知的財産権は取得済みで、投資に対するリターンを期待しています。例えば、移動通信ブロードバンド規格に取り組んでいる組織 (1998年の3G以降、3GPPと呼ばれるプロジェクト) の構成団体は昨年、6G (第6世代移動通信システム) の標準化仕様計画の策定に取り組むことを発表しました。賛同する参加者は既に、研究チームが考え出したプラットフォームの要素に対する権利の請求を目的として特許を出願しています。
SEPは、技術標準を使用するために必要な発明を保護します。ですから、規格に準拠した製品を発売する場合は、他社が取得した特許で保護された技術を使用する必要が生じます。こうした技術を使用するには、ライセンスが必要になります。これが第2フェーズの出発点となります。
第2フェーズ: ライセンシング
確立された技術特許が展開されると、これを実施しようとする製品のメーカーは、特許で保護された技術の使用承認を得なければなりません。影響が及ぶのは、スマートフォンのメーカーだけではありません。例えば、Bluetooth対応のヘッドフォンや、Wi-Fi接続を介して電力消費量を測定するスマートメーターを製造する場合は、関連するSEPポートフォリオのライセンスを取得する必要があります。
しかし、ここには摩擦を生み出す特有の問題があります。それは、標準化は、幅広く普及すれば成功したといえるのに対し、特許制度の目的はイノベーションに対する排他的な評価を与えることにある点です。つまり、標準化された技術を実施者が利用できるようにするという目的がある一方で、他方には、特許権者に経済的インセンティブが供与されるということです。図式を単純化すれば、SEP権利者が、自分の技術の使用者からロイヤルティの支払いを求めるのに対し、使用者である製品メーカーは、可能な限り支払いを抑え、訴訟も回避したいと考えているのです。
さらに厄介なことに、1つの標準が複数のSEPを包含することがあり、時には数百から数千にも及ぶことがあります。そして、このような特許権者は単一の事業体ではなく、多数の企業にわたります。ですから、商用SEPのライセンス条件がデリケートな問題であることは、決して驚くことではありません。特許権者に対するロイヤルティが高すぎると、生産コストが高くなりすぎる一方、特許権者であるイノベーターも、研究開発の価値に見合った公正な収入を必要としています。では、どこに落し所を求めればよいのでしょうか?
特許権者の利益と実施者の利益との間の適切なバランスをとるためには、確固たるライセンシング制度が不可欠です。そのため、ほとんどの標準化団体の知的財産ポリシーでは、参加する特許権者に対して、公平、合理的、かつ非差別的条件でSEPをライセンスする意思があることを宣言するよう求めています。それはつまり、FRANDコミットメントということです。さらに、特許権者に対して、標準規格に不可欠と考えられる特許を箇条書きにして提示するよう要求する組織すらあるのです。
FRANDコミットメントの影響は、国 (法域) によって解釈が異なります。
標準に準拠した製品を生産しようとすれば、専有技術 (知的財産権を持つ技術) を使用する必要が生じます。それゆえ、ライセンスが公開され、安価に利用できることが期待されるのです。ここで、SEP権利者と標準の実施者の正当な利益を慎重に比較検討することが必要になってきます。その際は、ある特許のライセンサーとして、また、他方の特許のライセンシーとして、両当事者が特許権者の立場と実施者の立場を同時に担う可能性があり、しかもそのようなケースが多くみられるということを認識しなければなりません。
しかし、FRAND条件の約束を執行すること、およびそれが実際に意味する内容を決めるのは、標準化団体の権限の範疇外にあります。さらに企業は、実態よりも大きなポートフォリオをSEPとして宣言することが少なくありません。通常、このような宣言は標準規格の確定前に行われるからです。この制度の不確実性と、権威の裏付けを以て本質を見極める仕組みが確立していないこととが相まって、標準規格を実施するに当たって、どの知財権のライセンスを認めるべきなのか、明快な判断を下しえない状況になっています。
また、FRANDコミットメントの影響は、国 (法域) によって明らかに解釈が異なっています。例えば、ロイヤルティの計算方法でさえ地域によって異なるのです。したがって、ライセンス交渉は、対立につながる可能性をはらんでいます。少なくとも、SEP権利者のポートフォリオにある特許をすべてカバーするグローバルライセンスにとって、何が公正で合理的であるかについて、意見が分かれる可能性があります。
当事者が合意に至らなければ、第3フェーズ入りの可能性があります。そして、ここからクララとスヌーピーのすさまじいダンスが始まります。
第3フェーズ: 紛争
論争を呼ぶSEPライセンスを巡る紛争、およびその結果提起される訴訟において、各当事者は、①自分たちの申し出が「フランドリー」 (公平、合理的、非差別的) な性質のものであること (そして、相手方の申し出がアンフランドリーなものであること) を主張し、②SEPの本質性または有効性に異議を唱え、③相手方の誠実性に異議を唱え、④思いやりのないクララの虐待行為の犠牲になるのは、たいてい大人しいスヌーピーの側であると主張します。その結果はどうなるのでしょうか?議論は延々と続き、取引費用はうなぎ上りです。
実施者は、超FRANDのロイヤルティを引き出す手段として差止め命令が使用されることを恐れています。他方、SEP権利者は、実施者が特許技術を無許可で使用し、公正なライセンス料の支払いを回避しようと企てているのではないかと不満に思っています。
影響が及ぶ利害関係は、「ピーナッツ (取るに足らないもの) 」どころではありません。差止め命令が下されれば、市場へのアクセスがすべて閉ざされてしまうかもしれません。標準が幅広く普及している現状においては、個別製品ではたった1セントの違いでも、莫大な利益または損失につながる可能性があります。適切なロイヤルティベースを巡る議論でさえも白熱するのは不思議なことではありません。スマートフォンや自動車産業に与える影響の大きさを思えば、お分かりいただけることでしょう。事実、FRANDライセンス料が、販���可能な最小単位の特許取得済みの部品 (マイクロチップなど) に基づいているのか、製品自体 (自動車など) に基づいているのかで、実際のところ極めて大きな違いが生じます。
問題をさらに複雑にしているのは、バリューチェーンやマーケットのグローバル化に伴い、グローバルライセンスの必要性が高まったこと、また、国際紛争に発展するようになったことです。一方で、かつては個々に独立した産業部門であったものがデジタル産業に収束したことで、新たな問題が発生しています。例えば、情報通信技術 (ICT) 分野では問題なく通用していた慣行が、自動車メーカーなど、コネクティビティ分野に新たに登場したプレーヤーにとっては、論争の火種となることがあります。
「フランド」と仲直りする
対立関係にある双方当事者は、自分があたかもスヌーピーとクララであるかのように認識しているものですが、双方の立場の違いが解消されない場合に、困難なSEPライセンシングを少しばかり容易にできる2つの方策が存在します。
第1に、当事者がこのような意見の相違点の申し出を行う手段として、世界知的所有権機関 (WIPO) などが提供する複数の裁判外紛争解決手続 (ADR) があります。
第2に、市場ベースのソリューションが登場しています。これは、ワンストップ・ショップで適用例を示すことで、SEPポートフォリオを一括するライセンス料が一目で分かるようにしたものです。これを利用すれば、取引を画期的に簡素化できます。パテントプールは、十分な数のSEP権利者の参加が得られれば市場の競争環境を緩和できる一方で、技術の利用者は、得られる安心感と引換えに提示された条件を受け入れることが少なくありません。
多くのSEP紛争を抱える国 (法域) では、講じるべき政策や立法措置が模索されています。これまでのところ、政府が実効的に介入する方策が存在しないことから、ステークホルダーの多くは、市場ベースの解決策を志向しています。しかし、政策的に議論を主導し、協議を行うことにより、議論を活性化することができます。SEP環境の透明性を高めることは、最低限、市場参加者にとって不可欠です。
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上述の課題を考慮すると、国際レベルでの情報、指針、協議および運用の必要性が高まっているように思われます。標準技術の実施とSEPライセンシングは、ともに国境を越える性質を有しているので、WIPOのような中立的な国際機関は、この分野において国や地域の政策を補完する役割を果たすことができます。
WIPOは最近、3か年のSEP戦略を発表しました。同戦略では、取り組みを進める分野を4つに大別し、幅広い利害関係者と協力していくとしています。その4つの取り組みとは、グローバルな対話プラットフォームを整備すること、知識とデータの中枢としての役割を果たすこと、ADRだけでなく取引を円滑化する場としても機能すること、そして、対象となる利害関係者が直接利用できるサービスを提供することです。
その結果、スヌーピーとクララの運命はどうなるのでしょうか?まず、「根本的な『フランド』依存」というのは、もっと内実を伴ったものなのかもしれません。業界の関係者は、イノベーションに基づく標準化を通じて消費者に便益をもたらすという約束を果たすために、相互依存関係にあります。誰もが、 (スヌーピーのように) 相手に無理強いされるのではなく、自分が踊りたいから、またはお茶を飲みたいから、そのようにできる環境を育んでいくのは、政策立案者 (および政府間組織) の責務なのです。