PCTニュースレター 03/2021: 実務アドバイス
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ある指定官庁に早期国内段階移行した後に、他の官庁への国内段階移行を延期する目的で優先権の主張を取り下げることにより起こりうる帰結
Q: 当方は法人である出願人に代わり、2020年11月9日に国際出願を行いました。その国際出願では、2019年12月9日に行った国内出願の優先権を主張しています。残念ながら資金難のため、出願人は、国内段階移行を予定していた多くの官庁に対する国内手数料の支払ができないことを懸念しています。出願人は、ある一つの官庁に対してはできる限り早期に国内段階移行を行い、先の出願の優先権を維持することが特に重要であると考えています。しかし、特許保護を求める予定の複数の他の国については、優先権の主張を取り下げることにより、国内/広域段階移行 (と必要な手数料全額の支払) を延期したい意向です。出願人は、取下げによって国内/広域段階移行を延期することができるのでしょうか?可能であれば、早期国内段階移行した官庁については、優先権の主張は依然として有効になるのでしょうか?このような行為を行う上での潜在的なリスクはありますか?
A: PCTでは、国際段階においてある一定の指定国を選んで優先権の主張を取り下げることは規定していません。ただし、PCT第23条(2) に規定されるように、ある一つの国 (若しくは複数の国)を選んで早期国内段階手続の処理又は審査を請求することができます。そしてその請求後、優先日から30か月の期間内に、PCT規則90の2.3(a) に基づき優先権の主張を取り下げることができます。この際、通常、優先権の主張の取下げの効果は、すでに国内段階移行した国については、その効力を生じない旨が規定されています。関連する規定であるPCT規則90の2.6(a)は、以下の通り定めています。
「第九十規則の二の規定に基づく国際出願、指定、優先権の主張、、、、の取下げは、第二十三条(2)又は第四十条(2)の規定に基づき既に国際出願の処理又は審査を開始している指定官庁又は選択官庁については、効力を生じない。」
これは、国際出願が指定 (若しくは選択) 官庁においてすでに国内段階移行した場合には、優先権主張の取下げの通知が提出される以前に当該官庁は国際出願の処理又は審査を開始したことを意味することになるため、当該指定官庁は優先権の主張を考慮することになります。ただし、この方法で手続を進めることを決めた場合には、当該官庁に対しできる限り速やかに出願の処理又は国内審査を開始するよう明確に請求して下さい。そしてその請求を行った後、優先権主張の取下げ手続きを進める前に、当該官庁で出願の処理又は国内審査がすでに確実に開始されたかどうかも確認して下さい。
出願人からの優先権主張の取下げの通知を受けて、国際事務局 (IB) は取下げの通知 (様式PCT/IB/317) を発行します。その通知は、早期国内段階移行が請求された官庁も含む全ての指定官庁に対して、一括した処理システムにより送付されます。IBは国内段階手続の処理又は審査がすでに開始されたかどうかは把握しておらず、各官庁に確認するわけではありません。このような状況においても、関連する指定官庁で国内段階手続の処理又は審査が開始された後に効力が生じた取下げに関しては、当該国においてその効果が発生することはありません。
国際出願における唯一の優先権の主張を取り下げることにより、国際出願日が (この事例では、2020年11月9日) 新しい「優先日」になります。そしてPCT規則90の2.3(d) に従い、もとの優先日から起算した場合にまだ満了していない期間は、新しい優先日から起算されます。 これにより、目的とされていた効果、すなわち、その他の官庁に対する国内段階移行の期間が新しい優先日から起算されることになり、さらに11か月の猶予が得られることになります。国内段階移行する期間は、大半の国1に関しては少なくとも優先日から30か月であるため、他の官庁に国内段階移行する際に発生する国内手数料の支払には、(2022年6月9日に代わって) 少なくとも2023年5月9日まで猶予があることになります。またこの事例で、取下げの通知が国際公開の技術的な準備が完了する前2にIBに到達した際には、優先権の主張の取下げによって国際出願の公開も延期される点にご留意下さい。
優先権の主張を取り下げることによって、出願人は、他の官庁に支払う国内手数料や国内 (若しくは広域) 段階移行時の他の手数料の支払を先延ばしすることができます。そのため、その後他の国で出願を進めるかどうかについて出願人に選択肢を残すことができますが、この戦略には潜在的なリスクがないわけではありません。優先権の主張を取り下げる前に、その取下げには、関連する先行技術の観点から新規性や進歩性の調査に与えかねない結果を考慮すべき点を認識しておくことが非常に重要です。そして、特にもとの優先日から新しい優先日の間に存在し得る先行技術に十分気を付ける必要がある点を認識しておくことも大変重要です。優先権の主張を取り下げることは、介在する先行技術や出願人による事前の開示によって、優先権の主張なしで国際出願を進めることになる他の国での特許保護を取得する機会を脅かしてしまうリスクを高めることになります。関連する国内法において先行技術を構成しているものについて、関心のある国の現地代理人に相談をご検討ください。
まとめとして、優先権の主張は手続上では比較的簡単に取り下げることができ、そうすることで国内手数料の支払までより長い時間の猶予を得ることができます。しかしながら、取下げは重大な結果を招くこともあるため、簡単に決定すべきことではありません。
一部の指定官庁は、所定の条件の下で国内段階移行の延期を許可していますが、通常は手数料を支払うことで延期が可能となります。詳細はPCT出願人の手引 (/pct/ja/guide/index.html)、国内章 (概要) の該当ページをご参照下さい。
本号の実務アドバイスに関係したトピックスの詳細は、以下に記載した関連資料をご覧下さい。
- 優先権の主張の取下げについては、PCT出願人の手引、国際段階の056項
/pct/guide/ja/gdvol1/pdf/gdvol1.pdf#page=121
- ePCT専用のアクション機能を利用して優先権の主張を取り下げる方法
/en/web/epct/learnmore?N=870
- 早期国内段階移行については、PCTニュースレター 日本語抄訳版2011年10月号7ページの「実務アドバイス」又はPCTニュースレター 英語版同号15ページの「実務アドバイス」
/pct/ja/newslett/2011/newslett_11.pdf#page=7
https://www.wipo.int/edocs/pctndocs/en/2011/pct_news_2011_10.pdf