WIPO

WIPO Arbitration and Mediation Center

 

世界知的所有権機関仲裁・調停センター

 

紛争処理パネル裁定

事件番号: D2002-0798

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ゲラン ソシエテ アノニム 対 有限会社アイ・シー・ジー

 

1. 紛争当事者

申立人

氏名(名称) :ゲラン ソシエテ アノニム

住所:フランス国 パリ 75008 アヴニュー・デ・シャンゼリゼ

68番地

被申立人

氏名(名称) :有限会社アイ・シー・ジー

住所:日本国東京都港区六本木5丁目5番1号

 

2. ドメイン名および登録機関

紛争の対象であるドメイン名(以下、本件ドメイン名という):<ゲラン.com>

(bq--gczot4y.com)

本件ドメイン名が登録されている登録機関:

氏名(名称) :グローバルメディアオンライン株式会社

住所 : 〒150-8512 日本国東京都渋谷区桜丘26番1号

セルリアンタワー11階

......

 

3. 手続の経過

本件申立は、ドメイン名とIPアドレスの割り当てに関するインターネット法人 the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers:ICANN)が1999

年8月26日に採択した統一ドメイン名紛争処理方針(以下「処理方針」)、ICANNが1999年10月24日に承認した統一ドメイン名紛争処理方針規則(以下「規則」)、およびWIPOの統一ドメイン名紛争処理方針補則(以下「補則」)に従った裁定を求めるものである。

申立人は2002年8月23日、本件申立書を世界知的所有権機関仲裁・調停センター(以下「センター」)に提出、その副本が登録者ならびに登録機関に送付された。「規則」および「補則」所定の金額の支払は同日、申立人によりなされている。

登録機関からの2002年8月28日付ドメイン名登録確認によれば、被申立人が本件ドメイン名を登録している登録機関グローバルメディアオンライン株式会社と被申立人との間に締結された登録合意は「処理方針」を取り入れている。さらに、その登録合意は日本語で締結されたことにより、「規則」第11条に従い、手続言語は日本語とされた。

2002年9月4日、被申立人に対して本件申立が通知された。同年9月23日に被申立人の答弁書が提出されたが、答弁書に不備があり、この点に関して同年9月24日/25日に被申立人と「センター」との連絡が電子メールによりされた後、「規則」第6条(b)に従って、同年10月7日、一名の紛争処理パネル、北川善太郎の指名と裁定結果の予定日として同年10月21日が通知された。

申立人は、「規則」第3条(b)(xiii)に従い、本件ドメイン名の取消又は移転の裁定に対して被申立人である登録者が不服のときに東京地方裁判所に提訴できることに同意している。

 

4. 背景となる事実

申立人「Guerlain Société Anonyme」

(ゲラン ソシエテ アノニム、以下「申立人」という)は、香水、化粧品の製造販売を主たる業務とするフランス国法人であり、現在、アメリカ、イギリス、日本、カナダ、ブラジル、ベルギー、オランダ等世界各国に100パーセント子会社を有している。

申立人は、日本においても「Guerlain Société Anonyme」(ゲラン ソシエテ 

アノニム)の略称である「Guerlain」及び「ゲラン」のいずれについても複数の商標を登録している(申立人資料27~53)。

本件ドメイン名である<ゲラン.com>の登録者である被申立人有限会社アイ・シー・ジーは、ジュータン等に関する販売、輸出入等を営むことを業として1998年(平成10年)11月に設立された有限会社であり、2000年11月19日、本件ドメイン名を登録した。被申立人会社の代表者ショベイリセイエドアハマド(以下「ショベイリ」という。)は約20年前に来日したイラン国籍を持つイラン人である。

 

5. 当事者の主張

5.1 申立人の主張

申立人の主張は以下の通りである。

申立人は、本件申立が「処理方針」「規則」および「補則」に従って審理され裁定が下されることを求める。

この紛争は、「処理方針」の目的の範囲内であり、紛争処理パネルはこの紛争に対し裁定を下す権限を有している。かつこの紛争に係るドメイン名の登録に関する登録合意により、紛争に際し、「処理方針」を適用することが認められる。

申立人は登録者である被申立人の本件ドメイン名が、申立人の商標と同一又は混同を引き起こすほどに類似していること(「処理方針」第4条(a)(i);「規則」第 3条(b)(viii), (b)(ix)(1))、登録者がその本件ドメイン名についての権利又は

正当な利益を有していないこと(「処理方針」第4条(a)(ii);「規則」第 3条(b) (ix)(2))および登録者の本件ドメイン名が、悪意で登録かつ使用されていること(「処理方針」第 4条(a)(iii), 第4条(b);「規則」第3条(b)(ix)(3)を主張する 。

以上に加えて、申立人は、被申立人の登録本件ドメイン名が日本の不正競争防止法におけるドメイン名の不正取得等(不正競争防止法第2条第1項第12号)に該当することを理由に、本件ドメイン名を保有する行為の差し止めを求めることが可能であると主張する。

以上の理由により、申立人は「処理方針」第4条(i)に従い、この紛争処理手続において選任されたパネルが、紛争の対象である本件ドメイン名を被申立人から申立人に移転する裁定を求める。

5 . 2 被申立人の主張

申立人の主張に対する被申立人の答弁は以下の通りである。

申立人の本件ドメイン名の被申立人から申立人への移転請求を棄却する裁定と併せて申立人に東京地方裁判所において訴えを提起することを命ずる裁定を求める。

被申立人は、手続上の説明もなく本件申立に対して20日以内に反論せよと言うばかりで、適正手続に違反するので本件は東京地方裁判所で争われるべきである、と主張する。

本件ドメイン名は、ペルシャ語で「高価」「高い」を意味するものを日本語読みしたものであり、申立人とは全く無関係にペルシャ文字に基づいた登録をしたものである。申立人の主張は、フランス語がゲランと発音するとの主張に基づいた独善的主張であり、これはイスラムに対する冒涜であり、神を畏れない邪悪な主張である。申立人のフランス語の原語「GUERLAIN」は日本語読みすると「グエライン」にしかならず、「ゲラン」と読むことは難しい。まして、イラン人である相手方代表者は日本語の読み書きはできないのであるから、「ゲラン」が「GUERLAIN」となることなど全く知らないし、今でも理解不能である。

..

被申立人会社は、ペルシャ文字を織り込んだジュータンをインターネット上で販売するために、ホームページの作成を金1500万円でアーランジャパン有限会社に依頼した(被申立人資料4)。その際、本件ドメインを取得した。

 申立人は香水の販売会社とのことであり、被申立人はペルシャ・ジュータンの輸入、販売会社であり、全く接点は無い。混同のおそれも、不正競争のおそれも、さらに取引上の顧客が同じになるおそれもない。被申立人のイラン人代表者に悪意のおそれもない。申立人の主張は棄却されるべきである。

申立人は、被申立人が弁護士に依頼して100万ドルの請求をしたと主張しているが、被申立人は弁護士島袋栄一に依頼したことはなく、被申立人の代表者ショベイリも被申立人の役員も、島袋弁護士に会ったことすらない。従って、申立人の主張は失当である。

 

6. 審理および事実認定

本申立書の対象である本件ドメイン名が登録されるに際して適用された登録規則は、「処理方針」を組み込んでいるので、本件紛争は「処理方針」の対象範囲内であり、かつ紛争処理パネルは本件紛争を裁定する管轄権と裁定権能をもつものである。

本パネルは本件申立を「処理方針」に従って裁定する権限をもつが、それ以上に、申立人に対して東京地方裁判所に訴えの提起命令を出す権限はない。

申立人は、「処理方針」第4条(a)所定の3つの要件、すなわち、(1)本件ドメイン名は、申立人が権利を有する商標と同一または混同を引き起こすほどに類似していること、(2)被申立人は本件ドメイン名に関して何らの権利または正当な利益を有していないこと、および(3)本件ドメイン名が悪意で(in bad faith)登 録かつ使用されていること、を主張している。従って被申立人は「処理方針」の定める紛争処理手続に服する義務を負う。

 つぎに、「処理方針」第4条所定の3つの要件を個別に検討する。 

(1) 同一性又は混同のおそれ

申立人は、被申立人である登録者の本件ドメイン名<ゲラン.com>が、申立人が権利を有する著名商標と同一又は混同を引き起こすほどに類似していること(「処理方針」第4条(a)(i);「規則」第 3条(b)(viii), (b)(ix)(1)) を主張し、被申立

人はこれを争う。

フランス語の「GUERLAIN」が日本語で「ゲラン」と発音され、そのように記述されてもペルシャ語を冒涜するものではない。というのは「ゲラン」はペルシャ語で「高価」「高い」という意味であるので(被申立人資料1「現代ペルシャ語辞典」)、「ゲラン」という表記に別段問題はない。それ故、処理方針上の問題は本件ドメイン名<ゲラン.com>が、申立人の登録商標「ゲラン」と同一または混同を引き起こすほどに類似しているか、に帰着する。そのさい日本語訳の当否、代表者の日本語の理解能力等は商標の同一性もしくは混同のおそれの判断とは無関係である。従って、被申立人である登録者の本件ドメイン名<ゲラン.com>は、申立人の登録商標と同一の文字を使用しているものであり、これと同一又は混同を引き起こすほどに類似していると認められる。

..

(2) 権利もしくは正当な利益の欠如

申立人は、登録者である被申立人が本件ドメイン名についての権利又は正当な利益を有していないこと(「処理方針」第4条(a)(ii);「規則」第3条(b)(ix)(2))

を主張し、被申立人はそれを争う。

被申立人は、申立人の登録商標「ゲラン」がフランス語の「GUERLAIN」であることは知られていないとするが、「GUERLAIN」も「ゲラン」もともに申立人の登録商標であり、雑誌における紹介、辞書における引用、判決例における判示(大地判平成2年3月29日判決)から判断して著名であることが認められる(申立人資料54)。従って被申立人である登録者が、本件ドメイン名の登録申請を行った際に(2000年)「Guerlain Société Anonyme」(ゲラン ソ シエテ アノニム)及びその略称であり登録商標でもある「ゲラン」を知らなかったということは認めがたい。また被申立人である登録者は申立人とは何ら関係ない当事者であり、申立人は登録者に対して過去、現在において自己の著名商標の使用を許諾したことはない。それに加えて、被申立人である登録者が「ゲラン」の商標権を取得していないことから、被申立人は本件ドメイン名について権利又は正当な利益を有していないと判断する。

(3) 悪意による登録と使用

申立人は被申立人である登録者の本件ドメイン名が、悪意で登録かつ使用されていること(「処理方針」第4条(a)(iii), 第4条(b);「規則」第 3条(b)(ix)(3))

を主張し、被申立人はこれを争う。

申立人の商標「ゲラン」及びその関連商標は世界的に著名な商標であり、被申立人である登録者は「ゲラン」が申立人の商標であることを知りながら、本件ドメイン名を取得したものと思われる。さらに本件ドメイン名登録後、それを発見した申立人が被申立人に連絡したところ、被申立人代理人島袋栄一名で、話し合いによる解決であれば、対価100万ドルによる有償譲渡が可能という回答がされた(申立人資料55)。この申立人の主張に対して、被申立人は、1500万円でドメイン開設委託をしていることにふれながら、有償譲渡を弁護士島袋栄一に依頼したことはなく、被申立人会社の代表者ショベイリも被申立人会社の役員も同弁護士に会ったことすらなく、その主張は失当であると反論する。しかしながら、平成13(2001)年6月15日付けの差出証明付の書留内容証明郵便物(申立人資料58)および有償譲渡の提案をしている同年7月27日のファックス(申立人資料55)から申立人代理人弁護士と交渉に当たっている被申立人会社の代理人は弁護士島袋栄一であることが認められる(申立人資料55,56,57,58)。

従って、被申立人は悪意により本件ドメイン名を登録し使用しているものと認めることができる。

なお、申立人は日本の不正競争防止法による行為差し止めの主張をし、被申立人はそれを争っているが、本件ドメイン名に関する「処理方針」に従う紛争処理とその裁定は、ICANNルールに照らして判断すべきものであり、各国の実体法に依拠するものではない。もちろん各国の実体法はICANNルールを補強するために参照することはできるが、ICANNルールにより裁定が可能な場合にはそれ以外の各国法に依拠する主張があってもその主張について判断する必要がない。またルールの適用上、参考にしなければならないものではない。

以上認定の通り、本件ドメイン名の紛争処理に関して、被申立人が取得した本件ドメイン名は、申立人に移転するのが相当である。

 

7. 裁定

「処理方針」第4条(i)に基づき、被申立人は申立人に本件ドメイン名

<ゲラン.com>を移転する。

 


 

北 川 善 太 郎
パネリスト

2002年10月2 o:p>