WIPO

世界知的所有権機関仲裁・調停センター
WIPO Arbitration and Mediation Center

紛争処理パネル裁定

事件番号: D2001-0532 [丸三証券.com]
(View and print in PDF PDF version - 265KB)

丸三証券株式会社 対 武田克司

 

1. 当事者

申立人

丸三証券株式会社

日本国東京都中央区日本橋2-5-2

被申立人

武田克司

日本国宮城県仙台市青葉区子平町2-15

 

2. ドメイン名および登録機関

紛争の対象であるドメイン名:<丸三証券.com>

本件ドメイン名が登録されている登録機関:

グローバルメディアオンライン株式会社 (旧インターキュー株式会社)

日本国東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー11階

 

3. 手続経過

本件申立書は、2001年4月11日電子メールで、同17日文書で、世界知的所有権機関仲裁・調停センター(本センター)に提出された。申立書は、ドメイン名とIPアドレスの割り当てに関するインターネット法人(the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers:ICANN)が1999年8月26日に採択した統一ドメイン名紛争処理方針(以下「処理方針」)、ICANNが1999年10月24日に承認した統一ドメイン名紛争処理方針規則(以下「規則」)、およびWIPOの統一ドメイン名紛争処理方針補則(以下「補則」)に従った裁定を求めるものである。

4月18日(ファクシミリで)・26日(電子メールで)・5月1日(文書で)申立書の内容に関する訂正が本センターに通知された。

被申立人に対して本件紛争処理手続の通知があり、4月25日に被申立人より答弁書が提出され、その後、5月14日に訂正された答弁書が提出、受領された。

申立人は、申立書において本件ドメイン名が被申立人から自己に移されることを請求する。

申立人・被申立人双方ともに1名の紛争処理パネリストを求め、「規則」第6条(b)に

したがって、本センターはパネリスト1名を指名し、6月1日に両当事者に通知した。

「規則」および「補則」所定の金額の支払は申立人によりなされている。

被申立人が本件ドメイン名を登録している登録機関であるグローバルメディアオンライン株式会社と被申立人との間に締結された登録合意は、ICANN「処理方針」を取り入れている。

「規則」第15条により特別の事情がない限り紛争処理パネルはその裁定結果を2001年

6月15日迄に本センターに届けなければならない。

 

4. 事実の概要

申立人は、1910年創業の登録証券会社(資本金は100億円)であり、東証の正会員である。申立人はマルサントレードのウェッブサイトを持っている(http://www.03trade.com)。

被申立人は、2000年11月11日、紛争の対象である本件ドメイン名「丸三証券.com」を登録機関であるグローバルメディアオンライン株式会社に登録した。

被申立人は、申立人に対して、自己の登録した本件ドメイン名「丸三証券.com」譲渡の申し出はしていない。しかし、被申立人は登録の数日後、インターネット上のオークションで、本件ドメイン名を、他の数社のドメイン名とともに価格を付して売却しようとしている。すなわち、紛争の対象となる本件ドメイン名は、2000年11月14日にオークションサイトに現れた。その際のオファー価格は1億円であった。同時に以下のドメイン名もオークションサイトに現れた。七十七銀行が5000万円、青森銀行が5000万円、国際証券が1億円、関東銀行が7000万円であり、インターQのWhoisデータベースによると、上のドメイン名はすべて被申立人によって登録されている。

申立人は、2001年2月20日に「丸三証券」の商標登録を、「第35類」「第36類」「第38類」「第42類」の区分で出願した。

 

5. 当事者の主張

5.1 申立人の主張は、以下の通りである。

本申立が紛争の対象としている本件ドメイン名の登録に関する登録機関であるグローバル

メディアオンライン株式会社と被申立人との間の登録合意は「処理方針」を包含している。

本件紛争は「処理方針」による処理の対象であり紛争処理パネルは本件紛争について裁定

を下す権限を有している。

本件紛争は、以下に述べる「処理方針」第4条(a)所定の3つの要件に該当するものであり、被申立人は強制紛争処理手続に応ずる義務を負うものである。すなわち、

(1) 本件ドメイン名は申立人が権利を有する商標・サービスマークと同一であるか

または誤認混同する類似性がある、

(2) 被申立人は本件ドメイン名に対し、権利または法的利益を有せず、そして

(3) 本件ドメイン名は信義則に反して登録され使用されている。

証券取引法によると、証券なる用語を商号とすることは、総理大臣の登録を有する法人以外は禁じられている。また申立人は商標権登録をしていなかったが、この点について、証券業の登録は証券取引法上容易ではなく、証券を含む同じ名称を他社が使用することは認められないため、証券会社にとって商標やサービスマークを特許庁に申請する必要はなかった。しかしながら本件のような紛争を防ぐため、申立人は、2001年2月20日に「丸三証券」を商標・サービスマークとして特許庁に登録申請した。登録の申立番号は2001-14173である。

被申立人は個人であり、法人ではない。証券取引法では個人が証券業を営むことは認められないため、被申立人は証券なる用語を適法に使用できない。したがって、被申立人には、本件ドメイン名の「丸三証券」なる名前を使用する権利も法的な利益もないことは明白である。

紛争の対象となる本件ドメイン名は、2000年11月14日にインターネット上のオークションで販売に出され、オファー価格は1億円であった。同時に上記の銀行や証券会社のドメイン名もオークションサイトに現れた。これらのドメイン名はすべて被申立人によって登録されている。これは被申立人が紛争の対象となっているドメイン名を、信義則に反して登録、使用していることを示している。

以上の理由から、「処理方針」第4条(b)及び(i)にしたがって、本件ドメイン名「丸三証券.com」は被申立人から申立人に移転することを求める。

5.2 被申立人の主張は、まとめると以下の通りである。

ドメイン名登録機関に確認したところ個人が商標権を持つ企業名をドメイン名に登録することは可能である。したがって本件ドメイン名の登録は信義則に反しない。被申立人は申立人にコンタクトをとったこともないし、金銭的要求は一切していない。オークションには匿名で誰でも出品できる。

本件ドメイン名は、登録はしたがまだ使用していない。個人的に楽しむためにドメイン名を複数のeメールアドレスに使用する予定である。

被申立人が登録したのは、登録開始日の次の日であり、先着順というルールから推測すると、申立人は初日に登録手続をとっていないのであり、本件ドメイン名の必要性を認識していなかった。にもかかわらず、突然、本件申立書が送付されて驚いている。登録開始当時に比べれば、ドメイン名に対する重要性などの考え方が大幅に変わってきたのも事実であり、申立人の申立も十分理解できるが、被申立人が上記の理由で登録したことに理解を求めたい。

なお、被申立人は答弁書の終わりに「過去の前例から推測すると、裁定の内容は想像がつきます。ですが、裁定には必ず従います。」と述べている。

 

6. 審理と判定

6.1 「処理方針」第4条(a)(1)について

申立人は本件ドメイン名にかかる商標権を出願中であり、商標権者となることを期待できる地位にある。被申立人は、申立人の本件申立に対して答弁書を提出し、パネリストの指名に同意しているのみならず、その答弁書で「裁定の内容には必ず従います。」と述べている。したがって、被申立人は本件ドメイン名の紛争処理に関して「処理方針」所定の強制紛争処理手続に応じている。

申立人は商標出願中であり商標権者となることを期待できる地位にある。申立人は、本件ドメイン名は申立人が権利を有する商標・サービスマークと同一であるかまたは混同させるような類似性があるという旨の主張をしている。これに対して、被申立人は、その答弁書において、先着順登録の競争ルールに重点を置いて論じているが、同条(a)(1)に関してとくに主張していないので、この点について争っていないものと解される。

さらに付言すると、本件申立人は、商標出願中で商標権者となることを期待できる地位にあるが、それ以上に、「処理方針」第4条(a)(1)所定の「商標権者」と等価の権利もしくは法的利益をもつ者であるといえる。この点を以下補足説明する。

ドメイン名の紛争処理手続の基盤は契約である。登録機関のドメイン名管理システム、登録者との登録合意、「処理方針」の強制紛争処理手続も、契約がその根底にあるが、そこでは技術基準が支配している。このドメイン名管理システム等は「技術ミニマム」が支配している独自の合意規範秩序である。この「技術ミニマム」は、しかしながらドメイン名管理を効率的にする反面、他人の商標や商号等の表示や標識をドメイン名に登録することを認めることで弊害をもたらすことになる。なぜなら、ドメイン名の登録が先着順の競争ルールにより決められ、当該ドメイン名と既存の法制度との整合性の審査は登録手続の対象外であるからである。しかし、他人の権利を侵害するようなドメイン名の横行を放置することは許されないところである。本件の「処理方針」を樹立したICANNはアメリカの立法と連動してドメイン名と商標権の関係に焦点を合わせた例外ルールを導入している。問題は例外ルールにおける「商標権」という要件の解釈である。

ここで留意しなければならないのは、技術的なドメイン名管理システムも、法的基準を導入するドメイン名紛争管理手続の例外ルールも、契約原理に基づいている点である。インターネット上のドメイン名の登録や使用さらにその紛争処理は、国境を超えるグローバルな問題であり国内立法に直ちにはなじまないものである。といって国際条約によるドメイン名の登録・管理制度の確立は時間的にも内容的にも予測が立たない。それに対して、ドメイン名の登録管理の専門組織間の契約で「技術ミニマム」をシステム化する方向はインターネットにおける差し迫った法的制度構築にとり有用かつ効率的である。その救済は独特な技術的措置(ドメイン名の抹消か移転)に限定され、かつ、終局的な法的救済は各国の国内法に委ねられている(「処理方針」第4条k)。かかる独自の合意規範秩序は、とりわけドメイン名そのものの法的な性質、知的財産性がまだ未確定の段階では意味がある。

このようにみると、「処理方針」における「商標権」という用語は各国を通して商標権に限定して解されるべきではない。むしろ技術的なドメイン名管理システムがその役割を保持するために、合意規範による例外ルールで使用されている商標権概念を拡大して解釈することが要請される。なぜなら、技術基準が原則であるドメイン名登録管理システムは既存の法制度との適合性とは無関係なドメイン名の横行を許すものであり、その例外ルールは限定的に解釈されるべきでないからである。最終的には各国の裁判所の判決によるが、例外ルールを設定した合意規範の解釈において、この要件は、各国を通して画一的に商標権概念に限定して解釈されるべきではなく、各国の法制度において「商標権と等価といえる表示や標識上の権利や法的利益」に拡大して解釈されるべきである。

以上のように解すると、申立人の商標登録出願中の地位、証券会社名を含む商号、証券取引上の登録証券業者である地位は、総合すると商標権と等価である事業の表示や標識上の権利もしくは法的利益であると解することが相当である。したがって、被申立人の本件ドメイン名は申立人が権利を有する商標またはサービスマークと、同一であるかまたは混同させるような類似性をもつものであり、本条(a)(1)所定の要件に該当する。

6.2 つぎに「処理方針」第4条(a)(2)について

被申立人は他人の商標もドメイン名に登録できることを強調しているが、被申立人は個人であり証券業に従事することはできないので、本件ドメイン名である「丸三証券.com」を所有し使用する権利もなければ利益もない、といわざるをえない。

6.3 最後に「処理方針」第4条(a)(3)について

被申立人は本件ドメイン名登録が信義則に違反するものではないことを主張している。被申立人が登録した本件ドメイン名を申立人に売却する申し入れはしていないが、登録後すぐにインターネットのオークションで本件ドメイン名「丸三証券.com」を1億円の高額で売りに出している。さらに他の銀行や証券会社のドメイン名を同日に高額に価格で売りに出している。被申立人は個人であり、こうした証券業務や銀行業務に従事することはできないこと、他の企業が丸三証券名をその事業に使用することは許されないので、オッファーの相手方は結局申立人になることから、被申立人は間接的に申立人に対する売却の申し入れをしていると解される。かように本件ドメイン名登録からオークションで売却を図る被申立人の一連の行為は、個人的な楽しみのために本件ドメイン名を使用するという被申立人自身の主張と相反するのであり、被申立人による本件ドメイン名の登録と使用は信義則に反するものと言わざるをえない。

6.4

以上の理由から、本紛争処理パネルは「処理方針」により本件ドメイン名の紛争処理をする機関として適式に設置され、本パネリストは「処理方針」により本ドメイン名の紛争処理をする権限をもつものである。

本件ドメイン名の紛争処理に関して、被申立人が取得した本件ドメイン名は、申立人に移転するのが相当であると判断する。

 

7. 裁定

「処理方針」第4条(i)に従い、本件ドメイン名「丸三証券.com」を申立人に移転する。

 


 

北 川 善 太 郎
パネリスト

2001年6月15日