WIPO

世界知的所有権機関仲裁・調停センター
WIPO Arbitration and Mediation Center

紛争処理パネル裁定

事件番号:D2001-1113
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株式会社 資生堂 対 有限会社池之上エージェンシー

 

1. 当事者

申立人

株式会社 資生堂

〒104-8010 東京都中央区銀座7丁目5番5号

被申立人

有限会社 池之上エージェンシー

〒101-0052 東京都千代田区神田小川町1丁目8番14号

 

2. ドメイン名および登録機関

紛争の対象であるドメイン名:<資生堂.net>

本件ドメイン名が登録されている登録機関: 株式会社国際調達情報(プロキュアメント・サーヴィス・インターナショナル・インク及び/又はPSI-JAPANとして営業している。以下において、PSI-JAPANと引用する)

〒102-0075 東京都千代田区三番町7-1

 

3. 手続の経過

申立人は2001年9月11日電子メールで、同9月18日文書で、本件申立書を世界知的所有権機関仲裁・調停センター(本センター)に提出した。「規則」および「補則」所定の金額の支払は同日、申立人によりなされている。

本件申立は、ドメイン名とIPアドレスの割り当てに関するインターネット法人(the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers:ICANN)が1999年8月26日に採択した統一ドメイン名紛争処理方針(以下「処理方針」)、ICANNが1999年10月24日に承認した統一ドメイン名紛争処理方針規則(以下「規則」)、およびWIPOの統一ドメイン名紛争処理方針補則(以下「補則」)に従った裁定を求めるものである。

被申立人が本件ドメイン名を登録している登録機関 PSI-JAPANデジタルと被申立人との間に締結された登録合意は「処理方針」を取り入れている。

また、ドメイン名の登録合意が日本語で締結されたことにより、手続上の使用言語は日本語とされた。

10月5日電子メール、10月9日文書で申立書の内容に関する訂正がされた。

10月16日、被申立人に対して本件紛争処理手続の通知があり、11月7日に被申立人の懈怠に関する通知がされた。11月14日、被申立人から「異議申し立て」(電子メール)があった。

申立人は1名の紛争処理パネリストを求め、「規則」第6条(b)にしたがって、

本センターはパネリストとして北川善太郎を指名し、11月28日に両当事者に

通知した。

「規則」第15条により裁定予定日は2001年12月12日であったが、12

月10日に申立人より追加資料が提出されたので、裁定期日は12月17日に延

期された。

 

4. 背景となる事実

申立人は、商標「資生堂」を長年にわたり使用している。商標登録は1919年1月8日商標「資生堂」(登録第0111035号)に始まり「資生堂」・「SHISEIDO」名で多数の登録をしている(添付資料4ないし9)。また登録第0111035号及び第2041638号の「資生堂」および登録第0245790及び第2226849号の「SHISEIDO」は、当該標章の著名性に基づき、日本特許庁(JPO)において防護標章として登録されている (添付資料5-1ないし8-2)。さらにJPOは、登録第0111035号の「資生堂」、第2041638号の「資生堂」、登録第0245790号の「SHISEIDO」及び第2226849号の「SHISEIDO」を著名商標として認めている(添付資料7-1及び7-2)。

申立人は、ドメイン名 <shiseido.com>を既に登録している。

被申立人は、2000年12月12日、ドメイン名(多言語名)<資生堂.NET>を登録している(「資生堂」はシフトJISによって「bq--3cgmo5i7laba.net 」をエンコーディングしたものである)。

被申立人は、2001年2月19日電子メール、同年3月7日文書で申立人に対して、自己の登録した本件ドメイン名<資生堂.net>の有償譲渡目的で接触をしている(添付資料13-1及び13-2)。

申立人は、それに対して2001年3月14日、本件ドメイン名が申立人の商標「資生堂」と同一の標示を含むために警告文を送付した。被申立人は、それに対する返信でこの点については解答していない(添付資料14及び15)。

さらに、本件ドメイン名の登録事業者であるPSI-JAPAN からも申立人代理人の依頼を受けて同年8月16日、処理方針から本件ドメイン名を削除することに同意することを求める文書(添付資料17)が被申立人に出されたが、被申立人は電話でこれを拒絶した(添付資料18)。

 

5. 当事者の主張

申立人の主張

申立人の主張は以下の通りである。

1) パネルの管轄権 

本申立書の対象である本件ドメイン名が登録されるに際して適用された登録規則は、「処理方針」を組み込んでいるので、本件紛争は「処理方針」の対象範囲内であり、かつ紛争処理パネルは本件紛争を裁定する管轄権を有する。

2) パネルの裁定権限

申立人は、「処理方針」4条(a)所定の3つの要件、すなわち、(1)本件ドメイン名は、申立人が権利を有する商標と同一または混同を引き起こすほどに類似していること、(2)被申立人は本件ドメイン名に関して何らの権利または正当な利益を有していないこと、および(3)本件ドメイン名が悪意で(in bad faith) 登録かつ使用されていること、を主張し、被申立人は同条にしたがい強制的な紛争処理手続に服する義務を有するものとする。

3) 申立の実質的な要件:「処理方針」4条(a) 

3.1 申立人の商標との「同一性と類似性」:「処理方針」4条(a)(1)

本件ドメイン名(多言語名)は資生堂.NETである(「資生堂」はシフトJISによって「bq--3cgmo5i7laba.net 」 をエンコーディングしたものである)。この多言語名の識別部分である「資生堂」は、申立人が日本において上記登録商標権を有する商品商標と完全に同一である。国際化ドメイン名について画面上ではbq--3cgmo5i7laba.net のような形で見るのではないから、同一性または混同のおそれは、登録商標と、資生堂.NETのような多言語名とを比較することによって判断するべきである。

3.2 被申立人の「権利または正当な利益の不存在」:「処理方針」4条(a)(2)

防護標章として登録され、また著名商標である申立人の商標「資生堂」の語は申立人によって創られた造語であり、個人の氏名、普通名称、起源、販売場所、品質、形状、価格、商品もしくは役務を製造又は使用する方法あるいは時期を示すものではなく、また一般的に使用される標章でもないので、この語は申立人の商標及び商号としての使用以外には何らの意味を有しない。したがって被申立人が「資生堂」の語をドメイン名として使用し登録する理由は、申立人の商標についてドメイン名の不法占拠(サイバー・スクワッティング)をなすことにより個人的に金銭的利益を得るためである。

さらに、被申立人は、申立人のライセンシーではなく、その他いかなる意味においても申立人の標章を使用する権限を持たない。また、申立人から2001年3月14日付で警告の返信、さらに本件ドメイン名の登録事業者であるPSI-JAPAN から同年8月16日付警告通知(添付資料14及び17)を受け取る以前に、被申立人が本件ドメイン名を実際に自らのために使用していたとはいえないし、被申立人が「資生堂」なる名称によって「一般に知られていた」ということはない。

3.3 被申立人の「悪意性」:「処理方針」4条(a)(3)

申立人の商標「資生堂」は、少なくとも日本及び主要なアジアの国々において非常に著名であり、被申立人は申立人の著名商標を不正に利用している。被申立人は、本件ドメイン名の登録の後暫くしてから、本件ドメイン名を申立人に対して、少なくとも「百万円単位」の価格で売りつけようとした(添付資料13-1ないし13-3)。この価額は本件ドメイン名の登録に要した費用をはるかに超えている。なぜなら本件登録事業者を通じた登録費用は最大でも約4,000円程度だからである(添付資料15)。これらの事実は、被申立人による本件ドメイン名の登録と保持が、申立人の商標を自己の勝手でドメイン名として使用することによって利益を得ようという試みであることを示すものであり、かかる故意による行為は処理方針4条(b)(ⅰ)の意味での不正の目的を構成するものである。

4)   申立人は、以上の理由から、「処理方針」第4条(b)及び(i)にしたっ

 て本件ドメイン名「資生堂.NET」は被申立人から申立人に移転することを求める。

被申立人の主張

被申立人は、本件紛争処理手続の通知後、答弁書を提出しなかったのであるが、期日徒過後の11月14日に電子メールでセンター事件管理者宛に「異議申し立て」をしている。これは被申立人の主張ではないが、本裁定の参考資料となるので便宜上ここで引用する。

それによると、「当方は、同ドメインを販売目的で所有しているとのことですが、取得にあたっての趣旨としては、特に他意なく、折からの取得ブームにのって、ちょっと申し込んでみようかな...的な、いわばおしゃれといきおいで取得したものに過ぎず、なんらの意図があったものではありません。今後は今回の戒めとして、静かに記念として保有していこうと思っています。以上を、異議になっているかどうかわかりませんが、申し立ての内容とさせていただきます。」

 

6. 審理と判定

1) パネルの管轄権と裁定権限 

パネルの管轄権と裁定権限については、申立人の主張通りであり、とくに付加することはない。「処理方針」にしたがって本パネルは本件に関する管轄権と裁定権限をもつものである。

2) 「処理方針」4条(a)の要件

2.1 申立人の商標との「同一性と類似性」:「処理方針」4条(a)(1)

申立人は「背景となる事実」で摘記したように長年にわたり商標「資生堂」「SHISEIDO」を内外において多数登録し使用してきている(添付資料4~9)。また登録第0111035号の「資生堂」、第2041638号の「資生堂」、登録第0245790号の「SHISEIDO」及び第2226849号の「SHISEIDO」は 当該標章の著名性に基づき防護標章としてJPOにおいて登録されてきている。JPOはこれらの両商標を著名商標とみなしている。さらに申立人はドメイン名<shiseido.com>を登録している(添付資料11及び12)。

本件ドメイン名(多言語名)は<資生堂.net>であり、「資生堂」はシフトJISによって「bq--3cgmo5i7laba.net」 をエンコーディングされている。この多言語名の識別部分である「資生堂」は、申立人が商標登録している商標と完全に同一である。したがって、登録商標「資生堂」と本件ドメイン名<資生堂.net>とを比較すると当然混同を引き起こすほどに類似していることが認められる。この同一性もしくは類似性の判断において、登録商標「資生堂」と対比されるのは<資生堂.net>であり、「bq--3cgmo5i7laba.net」 でないことは改めて指摘するまでもない。

2.2 被申立人の「権利または正当な利益の不存在」:「処理方針」4条(a)(2)

被申立人が本件ドメイン名について有する「権利または正当な利益」を判断するにあたり、被申立人が申立人のライセンシーでなく、そのために申立人の標章を使用する権限を持っていないことが重要である。「処理方針」4条(a)(2)の適用上、他に特別の理由がなければ、被申立人には権利も利益もないものと解される。このことは被申立人が「資生堂」商標の下で販売されている申立人の商品を取引する事業を検討していても変わらない。

また、申立人から2001年3月14日付警告の返信及び本件ドメイン名の登録事業者であるPSI-JAPAN から同年8月16日付警告通知(添付資料14及び17)を受け取る以前において、被申立人が本件ドメイン名を実際に自らのために使用していたことはないし、被申立人が「資生堂」なる名称によって「一般に知られていた」ということもない。なお、申立人が登録かつ使用している「資生堂」の語は申立人の造語であり、一般的に使用される標章でないことから、申立人は「資生堂」という語は申立人の商標及び商号としての使用以外には意味がないと主張する。造語がすべてそうであるかはさておくとして、申立人の商標「資生堂」と本件ドメイン名<資生堂.net>に関してはそう判断してよいと考える。

以上の理由から被申立人は本件ドメイン名上に関して権利も正当な利益も持たない。

2.3 被申立人の「悪意性」:「処理方針」4条(a)(3)

被申立人は本ドメインを登録してまもなく申立人に対してE-mail と文書でその有償譲渡を持ちかけている(添付資料13-1ないし13-3)。 譲渡価格について申立人に明示的に提案してはいないが被申立人は数百万という数字を示唆している。

さらに被申立人が本件ドメイン名をその取得費用を超える価格で譲渡して不法な利得を取得する意思を終始持っていたことは、申立人からの警告通知や登録機関であるPSI-Japan からの削除への同意を拒否したことから認められよう。この点を明確にしているのが、被申立人の11月14日付けの「異議申し立て」及び本パネルの裁量で参考にした12月10日付けの申立人からの追加添付資料である。すなわち、後者によると、本件申立直後に、被申立人が申立人に送信した9月12日付けのE-mail で、被申立人は本件ドメイン名をすでに第三者に譲渡していると述べ、その後、11月30日付けのE-mail では譲渡先から取得経費のみの20,000円で譲渡してもよいという申し出があると述べている。これは、「当事者の主張」で参考に引用した被申立人の11月14日付けの「異議申し立て」において被申立人が「記念として保有する」意図とは明らかに相反する意思を被申立人が終始もっていることを示しているといわなければならない。

以上のように被申立人による本件ドメイン名の登録かつ使用が悪意であったことは明らかである。

3) 以上の理由から本件ドメイン名の紛争処理に関して、被申立人が取得した本件ドメイン名は、申立人に移転するのが相当であると判断する。

 

7. 裁定

「処理方針」4条(i)に基づき、被申立人は申立人に本件ドメイン名<資生堂.net>を移転する。

 


 

北 川 善 太 郎
パネリスト

2001年12月17日